16話「XB~VS曜~②」
2回裏――
曜&曲田チームのひとりが守備の際、XBギアを使用し、軽々とビルを飛び越えるほどの跳躍を見せた。
しかし、使い慣れていなかったため、着地に失敗して足を挫いてしまう。
その影響で、試合は小休止に入っていた。
スコアボードには、0対7の文字。
このまま回が進めば、よほどのことがない限りトラッシュトライブの勝利は揺るがないだろう。
それが分かっているにもかかわらず、トラッシュトライブのベンチは暗かった。
<彩葉ツキ>
「このままいけば、順調にXBに勝てそうだけど…」
<秋葉ひなぎく>
「勝ったところで、曜くんの心が完全に戻ってきそうな気配はないにゃ…」
<三田三太郎>
「…ったく、どうすりゃ曜はわかるんだ!!!
XBプレーヤーとしてのプライドはどうした!!!」
手持ち無沙汰になったメンバー達は、なんとなくビルの巨大モニターに目を向ける。
モニターには、曜と曲田がどこか楽しげに言葉を交わしている様子が映し出されていた。
コメント欄には相変わらず曲田を支持する声が流れ続けており、先ほど王次郎が正体を明かしてまで行った演説も、この街の多くの住民には届いていないのだと痛感させられる。
<青山カズキ>
「王次郎が正体まで明かしたんだ…
曜くんの目をちゃんと覚まさせたい…」
どうすればいいのか、誰もすぐには答えを出せない。
一同がそれぞれに考え込んでいると、唐突に複数の着信音が重なった。
いち早くスマホを手に取ったツキが、画面を覗き込んで小さく声を上げる。
<彩葉ツキ>
「あ、NEONからだ」
<青山カズキ>
「NEONって、あの曜くんのストーカーの?
いったい、僕達になんの用が…」
他のメンバーも次々と通知を開く。
そこには、曜を除外したNINEのグループ宛に、NEONからのメッセージが連投されていた。
<NINE(NEON)>
「初めまして、曜様のご友人の皆様。
曜様からお聞き及びかと存じますが、我々はNEON。
皆様と同じく、ゼロに仇なす者です。
我々の仲間がネオチヨダシティにおいて、膨大なデータが送受信されていることに気づき、調査を行っておりました。
その結果、それがオールドヘブン上空を浮遊する"U-DXロボ"内部に搭載されたスーパーコンピューターと繋がっていることが判明しました。
何に使用されているのかまでは特定できませんでしたが、そのデータ量から見て、何者かがAIの演算処理に利用しているものと思われます。
ネオチヨダシティの統治ルールにご参加中の皆様にとっても重要な情報であると判断し、共有させていただきました。
それでは、曜様と曲田様とのXBにおける、皆様のご健闘をお祈りしております」
メッセージを読み終えると、一同はほぼ同じタイミングでスマホから視線を上げた。
<鳳王次郎>
「……………」
<青山カズキ>
「…なるほど。やっぱり、そういうことか」
<三田三太郎>
「まてまて、俺には何がなんだかさっぱりなんだけど」
<鳳王次郎>
「曲田は、生命科学とAI開発の天才で、鳳天心が主導した都市防衛機構では最高責任者…
U-DXロボを利用できるのは、やつしかいない…」
<彩葉ツキ>
「え、でも、何に使ってるの?」
<鳳王次郎>
「それは――」
周囲に集まっていたヘラヘラテレビちゃんがこちらに向いていることに気づくと、王次郎は手で合図を送り、いったん全員の配信を止めさせた。
画面が消え、人目から遮断されたのを確認してから、カズキと一緒に、曲田がU-DXロボを使って何をしているのか、自分達の推測を静かに語り始める。
<秋葉ひなぎく>
「そんな…! 曲田に、そんなカラクリがあったなんて…!」
<三田三太郎>
「これを明かしたら、曜だけじゃなくて、ネオチヨダのみんなも目覚ましてくれるよな!」
説明を聞き終えたトラッシュトライブの面々は、わずかながらも希望の糸口を見出したように顔が明るくなる。
だが、その中で王次郎とカズキだけは、依然として晴れない表情のままだった。
<青山カズキ>
「でも、困ったことに、それが曲田の"真実"だということを信じてもらえる手段がない…」
<彩葉ツキ>
「そ、そうだよね…
私達が"曲田は実はこうでした~!" って、暴露配信してもデマだと思われるよね…」
<青山カズキ>
「はあ…こんなときに、Sciの力が借りれたら…」
Sci――
それは、カズキが過去に請け負った仕事の中で存在を知った、とあるハッカーの名だった。
ネオトーキョー有数のハッキング能力を持つと噂されており、今カズキが頭の中で組み立てている作戦には、まさにうってつけの人材でもある。
<秋葉市之助>
「Sciとは…あのハッカーのでござるか…?」
<青山カズキ>
「うん。そうだけど…意外だな。市之助くんがSciのことを知っているなんて」
古風な口調どおり、どちらかといえば"アナログ寄り"な市之助が、その名を口にしたことに、カズキは少し目を丸くした。
<秋葉市之助>
「…今は、詳細のことは話せぬが、拙者ならSciに協力を求めることができる。
曲田の秘密を暴くために必要なら、Sciと繋ごう」
<青山カズキ>
「本当かい!? ぜひとも、頼むよ!」
<秋葉ひなぎく>
「え!? 市之助おにいちゃんがそんな人と知り合いだったにゃ!?
ひな、知らなかったお!」
<秋葉市之助>
「ふむ…知り合いといえばいいのか、なんと言えばいいものか…
とにかく、カズキ殿。一度、用件を紙にまとめてくれぬか。それをすぐにSciに届けてくるでござる」
<青山カズキ>
「ありがとう。助かるよ」
カズキは、市之助から受け取った小さなメモ帳に、Sciへ依頼したい内容を手短に書き付ける。
メモを受け取った市之助は、ひとつ頷くと、軽やかな足取りでその場を離れ、Sciのもとへ向かっていった。
それから、ほんの数分。
市之助を通じてメモを受け取ったSciから、カズキ達のNINEに返答が届く。
内容は"協力には応じる。ただし、そちら側にもやってもらいたいことがある"というものだった。
<青山カズキ>
「ふむ…セキュリティを脆弱にするには、一度、U-DXロボと曲田の間の通信を遮断する必要があるか…」
<彩葉ツキ>
「そんなこと言われても、どうすればいいかわかんないよ…」
Sciからの連絡を待つ間に、カズキから大まかな作戦の説明は受けていたツキ達。
カズキのスマホを覗き込み、Sciが協力してくれること自体は喜びながらも、自分達がしなければいけない"お手伝い"の内容に頭を抱える。
どうしたものかと考え込んでいると、いつの間にかベンチから姿を消していたえのきが、ひょいと戻ってきた。
<雪谷えのき>
「西郷~! みてみて~! これ、そこのゴミで作った!」
えのきは西郷のもとへ駆け寄ると、手に持っていた謎の小さな物体をぐいっと突き出した。
<西郷ロク>
「…ほう、それで何が出来るんだ?」
<雪谷えのき>
「これを嫌いなやつのスマホにつけると~なんとびっくり!
電波障害で使えなくなります!」
言うが早いか、えのきは西郷のスマホの背面に、その装置を勝手にぴとっと貼り付ける。
すると、えのきの言葉どおり、画面の表示は一気に圏外になり、通信が完全に途切れてしまった。
<西郷ロク>
「…鬱陶しいな」
西郷は短くそう評しつつも、その目つきにはどこか感心の色がにじんでいる。
その様子を眺めていた三田が、何かを思い出したように肩を震わせ――
<三田三太郎>
「あああああ~~~!!! そうだ~~~!!! こいつだ!!!」
突然の大声に、その場の全員がびくりと肩を跳ねさせ、思わず三田の方を振り向く。
<青山カズキ>
「うるさいなあ…急にどうしたんだよ…」
<三田三太郎>
「カズキ! お前、覚えてないか!?
オオタと戦ったときに、ジャッジロボが動かなくなっただろ…! あれって、えのきが作った――」
<青山カズキ&鳳王次郎>
「――あ」
ふたりの口から同時に声が漏れる。
えのきは機械いじりの天才で、かつてミナトトライブとの試合中、自作のジャミングマシンで周辺一帯に電波障害を起こし、ネオトーキョーの番人たるジャッジロボの機能を停止させたことがある。
王次郎は直接その場に居合わせたわけではないが、天心が中継越しに見て大層気に入っていたため、その装置の存在をよく覚えていた。
ふたりは目を合わせ、小さくうなずき合うと、すぐにえのきのもとへ歩み寄っていった。
<鳳王次郎>
「雪谷…お前に頼みたいことがある…」
<雪谷えのき>
「え~…あたし、今日はもう疲れたから、なにもしたくな~い…」
朝から立て続けにいろんな出来事に巻き込まれたせいか、えのきは大きなあくびをひとつこぼし、今にも寝転がりそうなほど眠たげな目をしている。
自由気ままな彼女がここまで付き合ってくれたことに感謝しながら、王次郎は幼い子どもに頼み事をするような、柔らかな声で口を開いた。
<鳳王次郎>
「頼みを聞いてくれたら、そうだな…
私から、ひなぎく達にお願いして、お前の好きなものを好きなだけ作ってもらおう。
オムライスにコーンスープ…サラダにポテト…パフェなどもいいかもしれないな」
列挙される料理の名前に合わせるように、えのきの頭の中には、ぽわんぽわんと湯気を立てるご馳走のイメージが浮かんでいく。
彼女は悪食で、基本的に好き嫌いという概念がない。
それでも、市之助とひなぎくの作る料理は味もボリュームも満点なうえに、皿の端にちょこんと描かれたソースの絵やケチャップ文字がどれも楽しく、見るだけで胸が弾んだ。
腹を満たすことが第一のえのきにとっても、その光景は抗いがたい魅力があったらしく、気づけば、よだれをだらだらと垂れ流しながら、元気よく片手を高く突き上げていた。
<雪谷えのき>
「やるやるやる! えのき、やりまーす!」
<青山カズキ>
「西郷くんにも手伝ってもらってもいいかな?
えのきさんひとりで作るには、きっと時間がかかると思うから」
<西郷ロク>
「…わかった。ただし、オレにもそれなりの報酬を頼む」
<青山カズキ>
「わかってるさ。酒代くらい出すよ」
"酒代"という言葉が出た瞬間、珍しく西郷の口角がわずかに上がった。
そのささやかな変化を合図にしたかのようなタイミングで、フィールドの向こうから、試合再開を求める曜の声が飛んでくる。
トラッシュトライブがそれを了承すると、えのきと西郷をいったんベンチで休ませるという"表向きの理由"を曜に伝えた。
それを耳にした曜は、自分達を舐めているのではないかと内心で不満を覚えるが、同時に、自分達のチームもメンバーの不調により"2人"の選手交代が発生していることを打ち明ける。
怪我をしたひとりはまだ理由として理解できる。だが、ではもうひとりはなぜ交代になったのか――
トラッシュトライブは、その点に疑問を覚えたものの、あえて深く追及することなく、再開の準備へと意識を切り替えた。