18話「覚めた曜」
<鳳王次郎>
「私達の…勝ちだ」
<青山カズキ>
「曲田、君の統治はもうすぐ終わりだよ。
さっきの君の思想の告白から、視聴者が一気に減った。僕達に追い越されるのも時間の問題だ」
<曲田全一>
「なかなかやりますね。王次郎様…
生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ。
鳳家の忘れ形見…最後まで役に立ってもらいましょう」
――試合終了後。
意味深な台詞を残すと、曲田のホログラムに微細なノイズが走り、輪郭がじわじわと薄れていき、次の瞬間には、その姿は跡形もなく掻き消えていた。
"鳳家の忘れ形見"という言葉に引っかかりがあった王次郎だったが、こちらへとふらつく足取りで歩いてくる曜の姿に気づき、その違和感をいったん胸の奥に押し込めた。
<彩葉ツキ>
「曜、大丈夫…?」
ツキはたまらず駆け寄り、心配そうにその顔を覗き込む。
<黒中曜>
「俺…ほんとに、どうかしてた…
冷静に考えたらおかしいって、わかったはずなのに…曲田のことを当てにして…信じきってた」
<鳳王次郎>
「死してなお、他人を支配しようとした男の執念だ。
他の住民同様、お前が取り込まれても仕方ない」
王次郎は責めるのではなく、事実だけを静かに告げる。
その声音には、叱責よりもむしろ、理解と労りの色が滲んでいた。
<黒中曜>
「でも…みんなは俺の間違いを正そうとしてくれたのに…!
話を聞こうとしなかったのは…俺のほうだ…ごめん、みんな…」
<青山カズキ>
「いいや…僕も曜くんに謝らないといけない。
昔にも似たようなことで、お説教されたんだけど、僕の悪癖だね…
今度からは、ちゃんと向かい合って話をすることを心がけるよ」
<彩葉ツキ>
「とーにーかーく!
今回は、どっちも悪かった! そして、どっちも反省してる!
だから、はい! このお話は、おしまい! また、みんなで仲良くしよ!」
ぱんっと手を叩き、ツキは空気を切り替えるように明るく宣言する。
その唐突なまとめ方に、思わず全員の口元に笑みが浮かび、張りつめていた空気がふっとゆるんだ。
<鳳王次郎>
「こういうときの彩葉は、頼りになるな。
黒中もそれで大丈夫か?」
<黒中曜>
「みんな…ありがとう…」
曜は、みんなの優しさをひしひしと感じながら、謝罪ではなく感謝の言葉を選んだ。
その輪の中へ、もうひとりの人影が近づいてくる。
<秋葉才蔵>
「へくち!
ああ~…オールドヘブンは、日が出ても寒いね…風邪ひいちゃうかと思ったよ」
現れたのは、秋葉三兄妹のひとり・才蔵だった。
試合の途中から姿が見えないと思えば、どうやらオールドヘブンまで足を運んでいたようだ。
才蔵はポケットからハンカチを取り出すと、寒さに負けた鼻をぐしぐしと音を立ててかんだ。
<秋葉市之助>
「お、ご苦労でござるよ。才蔵」
<秋葉才蔵>
「うっ…だから、その口調やめてくれって言ってるだろ!
忍者がみんなそういうステレオタイプだと思われるよ」
<秋葉市之助>
「ははっ、何を言う。これは拙者のアイデンティティー。
奪うことができるのは王次郎様だけでござる」
<秋葉才蔵>
「チッ…だったら、王次郎様に頼んじゃおうかな…」
<秋葉市之助>
「な、何? 本気でござるか?
うむ…であれば次の語尾を考えねばならぬでござる…」
<秋葉ひなぎく>
「って、ちょっと待つにゃー!!!
な、なに和んでるんですか!?
市之助兄様、才蔵兄様は裏切り者なんですよ!!」
ひなぎくが両腕をぶんぶん振り回しながら、ふたりの間に勢いよく割って入る。
ひなぎくからすれば、ごく真っ当な抗議だった。
なにせ、才蔵は主である王次郎を裏切り、敵の曲田に寝返っていたのだから。
<秋葉市之助>
「ひなぎく、黙っていてすまなかったが、才蔵は拙者が送り込んだ間者だったでござる」
<秋葉ひなぎく>
「…え?」
<秋葉市之助>
「つまり、スパイというやつでござるな」
あまりに唐突な告白に、ひなぎくは目をぱちぱちさせるばかりだ。
その前で、市之助はどや顔をつくり、得意げに英語でも言い直してみせた。
<鳳王次郎>
「私からも謝る。
このことは、市之助からすでに聞いていた」
<秋葉ひなぎく>
「どどど…どういうことですか!? わ、私に隠して、そんなことを…」
王次郎も静かに頭を下げる。その落ち着いた態度が、余計にひなぎくの混乱をあおった。
<秋葉市之助>
「敵を欺くにはまず味方から。許すでござる」
<青山カズキ>
「まあ、だいたいそんなところだろうと思ってたけどね。
ひなぎくさんは、人気配信者だから寄ってくる人がたくさんいる。
その分、作戦内容がどこからか漏れると危惧して、黙っていたんでしょ?」
<秋葉市之助>
「おおっ! 御名答!
さすが、カズキ殿。頭がキレるでござるな!」
<彩葉ツキ>
「うそっ!? 私、全然わかんなかった…」
<三田三太郎>
「いやいや、普通わかんねーよ。
ってか、カズキも気づいてたんなら教えろよな」
<青山カズキ>
「そしたらせっかくの作戦を邪魔しちゃうからね。
君達も感情がそのまま言動に出るタイプだから」
<三田三太郎>
「なんだとぉ!?」
<彩葉ツキ>
「あはは…確かに、そうかも」
カズキと三田のいつものやり取りに、周りからも"まぁいつものだな"と言わんばかりの苦笑が漏れる。
ひと通り茶化し合いが済んだところで、市之助が改めて才蔵の方へ向き直った。
<秋葉市之助>
「それにしても、才蔵。今回は、大手柄だったな」
<秋葉才蔵>
「まさか、そっちに電波障害を起こせるやつがいると思ってなかったよ…
あれがなかったら、セキュリティが高すぎて、侵入すらできなかったし…」
<彩葉ツキ>
「え、それって…」
<青山カズキ>
「…はは、なるほどね。
まさか、Sciの正体が才蔵くんだったなんて」
<秋葉ひなぎく>
「ええええええ!? それも知りませんでした!!!
どうして、私に黙ってたのですか!?」
<秋葉才蔵>
「いや…何回も説明したって…
そのたびに、頭に大きなはてなマーク出してたじゃん…」
才蔵のため息には、今までの苦労がにじんでいた。
本気で秘密にするつもりはなく、何度も説明していたのだろう。それでも、ひなぎくの頭にはまったく入っていなかったに違いない。
<青山カズキ>
「ありがとう、才蔵くん。
君の仕事は、しっかりと僕達の助けになったよ」
カズキがそう礼を告げると、他のみんなも次々に感謝の言葉をかける。
才蔵はそっぽを向きながら、小さく"別に"とだけ呟いた。
<雪谷えのき>
「っていうかおなかすいたー。
なんか食べたいなー」
えのきのお腹が、ぐーっと素直な音を立てる。
<秋葉ひなぎく>
「それじゃ、みんなでhina☆cafeにれっつらごーだお!
約束通り、フルコースでもてなしするにゃ~!」
<西郷ロク>
「…腹が空いたから、助かる」
一同がぞろぞろと歩き出そうとしたところで、ツキはふと首をかしげた。
<彩葉ツキ>
「あれ、王次郎さんはどこだろう? さっきまでいたはずなのに」
<雪谷えのき>
「トイレかな? 我慢してたんだろうね~」
<秋葉ひなぎく>
「王次郎様は、お花を摘みに行っただけだにゃ!!
きっと高貴な薔薇を摘んで戻られるにゃ!!!!」
<三田三太郎>
「花を摘むってそういう意味じゃねーだろ!?」
<秋葉才蔵>
「とにかく、僕達は先に帰ろうよ…。
体が冷えちゃったから…へくち! あったかいのが飲みたい…」
賑やかなやり取りの輪から、王次郎の姿だけが抜け落ちていることに、カズキは小さな違和感を覚える。
それでも、今は深く追及せず、皆はそのままhina☆cafeへ向かって歩き出した。