6話「瑠璃色の豪運」
<古池瑠璃色>
「おっ、ウチのヤバさ、わかってくれたみたいじゃ~ん。
け、ど…ここらでもう一発、見せつけちゃおっかなー! ね、曜くん?」
突然の申し出に曜は少しだけ動揺した。だが、すぐに心は決まった。
だったら、実力を確かめるという意味でも早めにしておいた方がいい。
どうせ、いつかは倒さなければいけない相手だ。
<黒中曜>
「わかった…でもギャンブルはいつどこで発生するか、わからないんじゃないのか?」
その言葉を聞いた瑠璃色は馬鹿にしたような笑い声を漏らした。
そんなことはどうとでもなる、そう言わんばかりの表情をしながら。
<古池瑠璃色>
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!
ウチが勝負したいなあって思ったら、大体そのタイミングで――」
瑠璃色の言葉の途中、再び荒々しく扉が開いた。
強い風が吹き込んでくるのと同時に、先ほど見かけたばかりの、人の形をした奇妙なあいつが事務所に飛び込んできた。
<Mr.D>
「Heaven or Hell!」
<黒中曜>
「なっ…!?」
<雪谷えのき>
「わーい! 出たーー!!」
<三田三太郎>
「マジかよ!? こいつ、ランダムで現れるんじゃねえのか!?」
<古池瑠璃色>
「まっ、ウチの豪運に掛かればこれくらい朝飯前、みたいな?
さ、いざ尋常に勝負!!」
瑠璃色は上機嫌そうに体を揺らしながら、拳を体の前に構え、ファイティングポーズを取っている。
それに呼応するかのように、Mr.Dも声を張り上げる。
<Mr.D>
「この部屋にいる全員の持ち玉の合計は偶数か奇数か? ベット玉数は――」
部屋の中の全員が固唾を呑みながら、玉数の発表を待つ。
どうか、常識的な数字であってくれ。曜は心の中で強く願った。
だが、刹那の静寂の後、Mr.Dから発せられた数字は、曜達に衝撃を与えることになる。
<Mr.D>
「777777発です!! それではベット開始!!」
<黒中曜>
「…え?」
想定外の数字に室内は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
皆に動揺が走り、その混乱は加速度的に増していく。
<小日向小石>
「そ、そんなにたくさん持ってるわけないよ!!」
<三田三太郎>
「俺ら、シンジュクシティに来たばっかなんだぜ!?」
<雪谷えのき>
「ねー、ミウ達。さっきの数、持ってないのー?」
<十条ミウ>
「残念だけど、あんな法外な数のパチ玉…
ヒカル達のを合わせても持ってないわ」
<古池瑠璃色>
「あはは! やっぱ運あるな~、ウチ!
でも、安心して! 持ってないなら、貸してあげるからさ!」
瑠璃色が手を叩くと、黒いアタッシュケースを持った24トライブ構成員が現れた。
彼らは、アタッシュケースを机の上に置くと、すぐさま帰っていく。
瑠璃色は、置いていかれたアタッシュケースに手を伸ばすと、手慣れた様子でそれを開けた。
中には溢れんばかりのパチ玉が詰め込まれており、一同は見たこともない量のパチ玉に目を見開いた。
<秋葉ひなぎく>
「すごい数のパチ玉だお…」
<秋葉市之助>
「それで、いくらで貸してくれるというのだ…?」
<四谷ヒカル>
「ダメだ! 絶対に借りないで! それこそが彼女の狙いだ!」
<落愛日和>
「でも、ここで借りなければ、賭ける前に私達全員死んでしまうわ…」
<四谷ヒカル>
「…っ!」
<古池瑠璃色>
「ん~、そうだなぁ。
利子は1日で倍、返済期限はとりあえず3日とかにしとこっかな!」
<小日向小石>
「それ、めちゃくちゃ暴利だって!」
<落愛夜宵>
「しかも、3日って…
ヒカルが借りたときより短すぎ…」
<古池瑠璃色>
「だってー、曜くんは対戦相手だしねー。
まあ、嫌なら別にいいよ。どうしても借りてほしいわけじゃないし。
でもさ、アナタ達、他にパチ玉の当てはあるんだっけ?」
<黒中曜>
「………………」
<古池瑠璃色>
「それにさ、当てれば即返して借金はチャラ! おまけにパチ玉大量ゲット! いい話じゃん!」
<Mr.D>
「まもなくベットを締め切ります!」
<黒中曜>
「くそっ…他に方法もないし…
仕方ない! 瑠璃色、貸してくれ!」
<古池瑠璃色>
「おけおけ、まかせなさい!」
瑠璃色はニカッと笑うと、気前よく曜達にアタッシュケースごとパチ玉を貸してくれた。
曜達はそれをすぐさまMr.Dに手渡すと、彼はパチ玉を数えたあと満足げに頷いた。
<古池瑠璃色>
「それで…この部屋にいる全員の持ち玉は奇数か偶数か…どっちに賭ける?
特別に先に選ばせてあげる!」
――この部屋にいる全員の持ち玉の数は、偶数か奇数か。
そもそもの話だが、曜は自分のポケットに入っているパチ玉の数すら正確に覚えていない。きっと、みんなも同じだろう。
だから、ここは勘に頼るしかない。
<黒中曜>
「…偶数だ」
今まで自分達は、勝てないと思われた戦いに何度も勝ってきた。
きっと、瑠璃色に負けない"運"を持っていると信じ、曜は自分の選択に賭けた。
<古池瑠璃色>
「おっけい! んじゃあ、こっちは奇数!」
<Mr.D>
「ベット終了! それでは、これから集計に入ります!」
Mr.Dは、突如として動きを止めた。
部屋の中には、コンピュータが稼働していると思われる「ウィーン…カタカタ…」という音だけが響いている。
<秋葉ひなぎく>
「お願い…偶数…偶数こいにゃ!」
皆の心はひとつになり、ただ勝利だけを望む。
確率的には二分の一、当たったとしても何もおかしくない。
もうこうなったら、できるのは祈ることだけだった。
<Mr.D>
「集計が出ました! 結果は――」
"ごくり"と、誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。そのまま、数秒間が経過する。
おそらく、もったいをつける演出なのだろうが、今の曜にとってはただただ、鬱陶しいだけだった。
どんどん心拍数が上がっていくのがわかる。心臓が縄で締め付けられているかのようだった。
対する瑠璃色は腕を組み、にやにやと笑っている。
――アナタらとは踏んできた場数が違う。
そんなことを言いたげに見えた。
<Mr.D>
「奇数です!!」
<黒中曜>
「――嘘だろ…」
皆ががっくりと肩を落とし、曜はただただ、茫然とするしかなかった。
まだ、シンジュクシティに来たばかりなのに、いきなり物凄い数の借りを敵である"瑠璃色"に作ってしまった。
考え得る限り、最悪のスタートだった。
<古池瑠璃色>
「あはっ! なんかこっちの気分だったんだよね~!
やっぱウチ、ツイてるうっ!」
<Mr.D>
「ゲーム終了! 勝者に盛大な拍手を! それでは、次のギャンブルでお会いしましょう!」
<古池瑠璃色>
「ばいばい~、Mr.D! またすぐに会おうね~!
ちゅっ、ちゅちゅっ!」
すぐさま立ち去るMr.Dの背中に向けて、瑠璃色は何度も投げキスを送った。
そして、Mr.Dが完全に立ち去ったのを確認すると、曜達のほうへ振り向いた。
<古池瑠璃色>
「いや~、なかなか手に汗握るゲームだったね! ほら、お互いの健闘を讃えて握手!!」
瑠璃色はうなだれる曜の手を無理やり取り、力を込めて握ってきた。
<黒中曜>
「…っ!」
彼女から伝わってくる手の平の温かさが、どうにも受け入れ難く、強めに振り払ってしまう。
<古池瑠璃色>
「も~、負けたからって拗ねないでよ~!
ま、それはさておき…これから返済がんばってね?」
<四谷ヒカル>
「瑠璃色…これはあんまりじゃないか!
ボクの分はいいけど、せめてみんなの期限をもっと長くしても…」
<古池瑠璃色>
「一度決めたらもう変えられないよ~。だってそれがシンジュクシティのルールだからね!
じゃ、アタシ。もう用事済んだから、帰っちゃうね~」
せめてもの抵抗として、ヒカルが縋りつくように提案したのだが、瑠璃色は相変わらず無邪気に笑いながら却下する。
そして、彼女はそのまま事務所を後にしてしまった。
<四谷ヒカル>
「ごめん…キミ達を巻き込んじゃったね…」
<黒中曜>
「ヒカルさんのせいじゃないさ。
どの道、俺はナンバーズとは戦わなくちゃいけないから」
曜は気丈に振舞うものの、誰の目に見ても無理をしているのは明らかだった。
果たして、あの古池瑠璃色に勝つことができるのだろうか?
いや、そんなことを悩んでいる暇はない。今はただ、自分達を信じて前へ進むだけだ。
<黒中曜>
「よし、本格的に瑠璃色を倒すために動こう!」
<雪谷えのき>
「てことは、賭けにたくさん参加するってことー?」
<黒中曜>
「そうしたいところだけど、そんなにポンポンとMr.Dが現れるとはかぎらないからな…」
<滝野川ジオウ>
「だったら、Mr.Dを待ちつつ依頼でも受けるかい?
ここじゃ、パチ玉が通貨代わりなんだ。だから報酬も、パチ玉で支払われることも多いよ」
<小日向小石>
「なるほど…
それなら、僕達の得意な方法で、玉を増やすこともできるかもしれないね…」
<西郷ロク>
「早速、ハッピーワーカーにでも行くか…?」
<三田三太郎>
「俺、あそこ無駄に闇を感じて苦手なんだよな~…」
ハッピーワーカーとは、ネオトーキョーの各シティにある、仕事を紹介してくれる施設の名前だ。
身分証明書がない人間でも紹介してくれるだけあって、変わった仕事が多く、また、そこで働いている人間の様子もいささかおかしい。
普通の人なら近寄ることはないが、トラッシュトライブの人間は活動資金を集めるため、たまにそこで働くことがあった。
<四谷ヒカル>
「それに関しては、四流探偵にお任せあれ。
こう見えていろんな依頼は集まってるんだ」
<黒中曜>
「それは助かる。是非、手伝わせてくれ」
<四谷ヒカル>
「了解! それじゃあ、早速行こうじゃないか!」
ヒカルは元気よく扉を開けて外へ出た。
みんなもそれに続くように、夜の繁華街へ向かう。