7話「ホストからの依頼」
シンジュクの街は相変わらず雑然としており、ガラの悪そうな男や、水商売をしていると思われる女達が小走りで行き交っていた。
だが、皆一様に活気に満ちており、醜悪な統治ルールが施行されているとは到底思えない。
おそらくこれは、元からシンジュクシティで暮らしていた住民達の気質と、統治ルールの内容が噛み合っていたせいなのだろう。
<四谷ヒカル>
「っと! しまった、ボクとしたことが…」
突然、ヒカルが立ち止まり頭を抱えてうずくまってしまった。
<秋葉ひなぎく>
「にゃっ? どうしたんだお?」
<四谷ヒカル>
「いや、せっかくこれだけの人数がいるんだ。
ここからは、手分けして依頼をこなそう」
<十条ミウ>
「いちいち言わなくても、たぶん全員がそうしようと思ってたわよ…」
適当にあみだくじをした結果、曜はヒカルと。市之助とひなぎくは夜宵と。えのきと西郷は三田と。小石とツキは日和と。ミウはジオウと――という組み合わせで行動することになった。
<四谷ヒカル>
「うん、実にスムーズに決まったね。よかったよかった」
<滝野川ジオウ>
「やっぱり、僕とミウは運命で繋がってるんだね。
ミウ…ここから先は手を繋いでいこう。もちろん、指を絡めてくれても――」
<十条ミウ>
「…本当うざい。ヒカル、やっぱやり直させて」
<四谷ヒカル>
「まあまあ、"嫌いの横好き"って言うじゃないか」
<黒中曜>
「いろいろ間違ってるけど…」
<落愛夜宵>
「ヒカルのバカさ加減にいちいち突っ込むとキリがない…
慣れて…」
<黒中曜>
「ああ、うん…
それじゃあ…それぞれ頑張ろう。二時間後にまた事務所に集合だ」
そうして、それぞれが散り散りとなって行動していくことになった。
曜は去っていく皆の背中を見ながら、力を合わせれば必ず瑠璃色にも勝てるだろうと思った。
<黒中曜>
「ええと…それで、依頼人はどこにいるんだ?」
<四谷ヒカル>
「シンジュク駅構内だね。早速行ってみよう」
そのままヒカルは、人波を縫うように進んでいき、曜もそれに倣う。
すれ違う人の多くがヒカルに声を掛けており、この街の人達に慕われていることがわかった。
そうして十分ほど歩いたところで、シンジュク駅に到着。曜達はそのまま構内へ入っていく。
<四谷ヒカル>
「えーっと、依頼人がいるところは…」
ヒカルがスマホを見ながら依頼人からのメッセージを確認していると、どこかから不機嫌そうな声が聞こえてきた。
<熱いホスト>
「チッ…ようやく来たか」
そちらを見やると、そこにはダークグレーのスーツに身を包んだホストと思われる男が立っていた。
<熱いホスト>
「ったく、相変わらず呑気そうな顔しやがって…」
<四谷ヒカル>
「あれ? キミとは、知り合いだったっけ?」
<熱いホスト>
「あん? スリープレスのホストクラブで何回か会ったことあんだろが」
――スリープレス。
かつて、シンジュクトライブのリーダーである"大久保正雄"が経営していた、ホストやキャバクラを抱えるグループだ。
シンジュクシティでも最大規模を誇っていたが、大久保は、瑠璃色からパチ玉を借りるため、そのスリープレスを担保に差し出した。
しかし、返済は叶わず、その結果――チャンピオンの座とともに、スリープレスは瑠璃色の手に渡ったのだ。
<四谷ヒカル>
「ごめんごめん、男の顔ってなかなか覚えられなくてさ。
それで、依頼は何かな? 詳しくは会ってからって話だったけど」
<熱いホスト>
「…ウチの店で働け、ヒカル。
契約報酬はパチ玉10万発だ。シンジュクなら、高級外車が手に入るくらいの数だろ」
<四谷ヒカル>
「んー、その話なら、結構前にも彼女自身に断ったばかりなんだけどな。
残念だけど、依頼がその話ならボクらにできることはなさそうだ」
そのままヒカルは踵を返し、曜にも付いてくるようにと身振りで示した。
曜には悪い話ではないように思えたのだが、正に取り付く島はないといった雰囲気だ。
だが、ホストはまだ諦める気がないようだ。
<熱いホスト>
「んなことはこっちも聞いてんだよ。それでも勧誘しろって言われてんだ。
瑠璃色さんは、どんな形でもお前を手元に置きたいみたいだからな…」
<四谷ヒカル>
「何度言われてもボクの答えは変わらないよ」
<熱いホスト>
「ケッ…そうかよ。なら勝手にしろ。こっちも暇じゃねえからな。
ったく…なんだってこんな奴を瑠璃色さんは…俺なら喜んで言う通りにするのに…」
意外にもホストはあっさりと引き下がった。
おそらく、最初からヒカルが受け入れるとは思っていなかったが、命令には逆らえずに渋々やって来ただけだったのだろう。
<黒中曜>
「なんか簡単に諦めたけど…瑠璃色に怒られたりはしないのか?」
<四谷ヒカル>
「まあ、こんなの何百回も繰り返してきたことだからね。瑠璃色もボクの答えはわかってるんじゃないかな」
無理ならそれで別にいい、と言わんばかりに、ホストはその場を立ち去ろうとした。
だが、そんな彼の背中に向けて、ヒカルが声を掛ける。
<四谷ヒカル>
「無駄なことさせちゃってごめん。お詫びにひとつだけアドバイスをあげるよ」
<熱いホスト>
「ああ? なんだよ?」
<四谷ヒカル>
「瑠璃色は自分の思い通りに動く男はタイプじゃないんだ。好かれたいなら覚えておくといいよ」
その言葉を聞いた男は、先ほどまでのどこかダルそうな態度を一変させた。
みるみるうちに顔が真っ赤に染まり、鼻息も荒くなっていく。
<熱いホスト>
「…うるせえっ! てめえに瑠璃色さんの何がわかるってんだ!」
<四谷ヒカル>
「彼女のことはちゃんと見ているからね。
キミよりは知っているつもりさ」
<熱いホスト>
「俺は、てめぇと違って、あの人の下でずっと働いてる…毎日のように、朝から晩まで彼女を見てんだ!
てめえなんかより、何百倍も彼女のことを知ってるぜ!」
<黒中曜>
「…ほとんどストーカーだな」
<熱いホスト>
「おい! 俺はストーカーなんかじゃないからな!?
だって、ストーカーっていうのは相手の気持ちも確認せずにつけまわしたり、勝手にプレゼントを贈りつけて悦に入ったりするけど、俺はちゃんと気持ちを確認して――」
<Mr.D>
「Heaven or Hell!」
<黒中曜>
「うわっ、またこいつか。びっくりさせるなよ…」
曜の抗議に反応することなく、Mr.Dは大袈裟なポーズを取り、そして高らかに告げる。
<Mr.D>
「四谷ヒカルと熱いホストの男性、古池瑠璃色についてより詳しいのはどちらか!?
ベット玉数は100発! それではベット開始!!」
<熱いホスト>
「ハッ、ちょうどいい。ここで白黒つけてやるよ!」
曜は、賭けの内容よりも、要求された賭け玉の数が少ないことに安堵した。
ヒカルに手渡されたパチ玉をそのままMr.Dに渡すと、曜はしばらく首を傾げたあと、ヒカルに賭ける。
そしてホストは、自分自身に賭けた。
<Mr.D>
「ベット終了! さて、結果はいかに!?」
<熱いホスト>
「へっ、俺に賭けなかったことを後悔させてやらあ!」
<四谷ヒカル>
「そうはさせないよ。それで、どうやって決着をつけるんだい?」
<Mr.D>
「ワタクシが瑠璃色さんに関するクイズをお出しいたします。
それに双方、お答えいただきましょう」
<熱いホスト>
「よっしゃ! 俺が圧倒的に有利じゃねぇか!」
<Mr.D>
「それでは、早速始めましょう!
第一問目、瑠璃色さんが好きなアイシャドウのブランド名は!?」
Mr.Dが問いかけると、すぐさまに熱いホストが叫んだ。
<熱いホスト>
「ミヴ・ロンサーラン!」
ミヴ・ロンサーラン。
それは、デパコスの中でも非常に高価なブランドのひとつだ。
以前、ミウが使っており、価格を聞いて驚いたことがある。
さすがカリスマキャバ嬢というだけあって、高価なものを使っているのだな、と曜は思ったが――
<Mr.D>
「ブブー! 不正解です!」
<熱いホスト>
「ああん!? デタラメ言ってんじゃねえ!!
俺は、確かに彼女のメイクポーチに入ってるのを見たぞ!」
ホストは悔しそうに顔を歪め、絞り出すように声を出した。
続けて、ヒカルが答えた。
<四谷ヒカル>
「彼女のアイシャドウ…
あれは、ラメだけ使っていて、アイシャドウ自体は、"カイト"のものじゃないかい?」
<Mr.D>
「正解です! 答えは、カイトです!」
<熱いホスト>
「う、嘘だろ…そんなわけ…」
答えに納得のいかない熱いホストは、自分のスマホを取り出し、何かを確認しだした後で、がっくりと膝を突く。
<熱いホスト>
「ほ、本当だ!
何かのときのためにとオーナー室にあった瑠璃色さんのゴミ箱の中身を取り出して写真を撮ってたんだが…確かに安いアイシャドウのパレットがある…!」
<黒中曜>
「この人、だいぶヤバいことしてるな…」
曜の辛辣な言葉はホストには届いていないようで、ただただ彼はうなだれるだけだった。
<熱いホスト>
「俺の…負けだ!」
<Mr.D>
「ゲーム終了! 勝者に盛大な拍手を!
それでは、次のギャンブルでお会いしましょう!」
曜に報酬を渡したあと、お馴染みの台詞と共に、Mr.Dは走り去っていった。
<熱いホスト>
「うう…ううううう…っ」
愛しい人のことを答えることができなかった。
それがホストにとって、よほど屈辱的だったのだろう。
彼はMr.Dが去るや否や、嗚咽を漏らしながら涙を流し始めた。
そんなホストを不憫に思ったのか、ヒカルはポケットからハンカチを取り出し、そっと手渡す。
<四谷ヒカル>
「キミもホストならさ、表面的なところだけじゃなく、もっと色んなところを見てあげるといいと思うよ。
人の真実は隠されたところにもあるものだからね」
<熱いホスト>
「そ、そうだよな…いいこと言うじゃねぇか…
もっと色んなところを見ねぇと…」
ホストはヒカルから渡されたハンカチで涙を拭うと、元気を取り戻し、すぐさまその場を後にした。
<黒中曜>
「"人の真実は隠されたところにもある…"
いい言葉だな…さすが本物の探偵だ。
でも、なんでさっきのクイズの答えわかったんだ? 俺には、まったくわからなかったよ」
<四谷ヒカル>
「妹がふたりもいるから、自然とメイクについて詳しくなるんだ。
それに昔、似たようなメイクの仕方をしていた人がいたからね」
爽やかな笑顔で答えるヒカルを見て、曜は初めて頼もしさを感じた。
だが、その笑顔には、わずかな寂しさも滲んでいる。
ヒカルが思い出している人物のことが、曜は気になった。
<四谷ヒカル>
「さ、曜くん。他にもたくさん依頼はあるから、早速向かおう」
<黒中曜>
「あ、ああ…」
曜はヒカルに誰を思い浮かべているのか問いかけようとしたが、その前にヒカルがどんどんと前へ進んでいき、とうとうタイミングを失ってしまった。
その後も、曜達は引き続き依頼をこなしていき、地道にパチ玉を増やしていった。