23話「XB~VS瑠璃色~④」
ミウからピッチャーの座を譲り受けたヒカルは、改めて瑠璃色――いや、ルミと対峙する。
<四谷ヒカル>
「るーちゃん! 確かにキミは不器用なところもあった…だけど、それは決して短所じゃなかった!」
マウンドに立つヒカルの眼差しは、逃げ場のないほど真っ直ぐに彼女を射抜いていた。
その熱を帯びた声を受け、瑠璃色は居心地悪そうに身をよじり、バットを構える手を震わせる。
<古池瑠璃色F>
「今さら何よ…。そんなこと言われても困るってば! アタシ…もう引き返せないんだから!」
<四谷ヒカル>
「そんなことはない! 人間、何をするにしても遅すぎることなんて…ないんだ!」
そう言いながらヒカルは左足をこれでもかと言うほど高く上げ、上体を反らし、筋肉が軋み悲鳴をあげる寸前まで大きく振りかぶり、ボールを投げた。
<古池瑠璃色F>
「まだ、やり直せるって言うの!?」
そう言いながら全力で迎え打とうとした瑠璃色だったが、バットはあえなく空を切る。
捕球した曜の手がビリビリと痺れるほど、良い球だった。これでツーストライクだ。
キャッチャーの曜からボールを返されたヒカルは、それをキャッチしながら、引き続き瑠璃色に語り掛ける。
<四谷ヒカル>
「やり直せるに決まっている!
昔、どうしても自分が女であることを受け入れられないボクに対して、キミが言ってくれたことがある。覚えてる?」
ヒカルの瞳から溢れる情熱が、ルミの頑なな心を溶かしていく。
彼女はもう、バットを構えることも、虚勢を張ることも忘れていた。
ただ、遠い記憶の景色をなぞるように、その唇が震えながら動き出す。
<古池瑠璃色F>
「…自分が自分らしく息を吸えること。それが、ヒカルくんにとって…何よりも大事なんだよ」
<四谷ヒカル>
「そう、キミはまるでなんでもないことのように、笑いながら言ってくれた。
そのとき…ボクがどれだけ嬉しかったか、わかるか?
それは、これまで自分を否定され続け、悩みを抱えていたボクにとって、思いがけず差し込んできた、一筋の光だったんだ…!
だから、ボクはこの前すごく嬉しかったんだ…
スリープレスで、性別のことを責められていたボクに、キミは言ってくれたね。
"男でも女でも関係なく、ボクを欲しい"って。
ごめんね、気づくのが遅くなって…るーちゃんは、ずっとるーちゃんだったね」
瑠璃色は、ただ震えていた。
けれども、ヒカルからは決して目を逸らさなかった。
<四谷ヒカル>
「今から言うことをよく聞いて。
あのときは、周囲を気にして伝えることができなかったけど…るーちゃん。
ボクは、キミのことが大好きだ。愛してる」
<古池瑠璃色F>
「うう…ううううううう…!」
瑠璃色の目が、どんどん潤んでいく。
だが、彼女にはシンジュクの支配者としての矜持が残っているのだろう。
――涙なんて誰にも見せるものか。
――弱い人間は、利用されるだけだ。
そう言わんばかりに、必死に涙を堪えているようだった。
<古池瑠璃色F>
「アタシ…アタシ…ほんとはヒカルくんに釣り合うような人間になるために変わろうとしたのに、どうして…。
初めから、ありのまま受け入れてくれるアナタがいたのに!」
<四谷ヒカル>
「確かにキミは間違えてきたし、これから何度も間違うかもしれない。だけど、これまでとは違う。ボクがいるんだからね」
ヒカルは優しく微笑みながら、最後の投球準備を始める。
ボールを持った手を軽く肩のあたりまで上げ、ゆっくりと振りかぶる。
これが、最後の球になる…曜はそう確信した。
<四谷ヒカル>
「次に投げるボールを打てば、ボクは心を殺してキミの奴隷になろう。
でも、もし見逃すのなら…ボク達はパートナーとして共に歩いていくんだ」
<古池瑠璃色F>
「ちょっと…待って…」
<四谷ヒカル>
「んー、それは無理。
だって、るーちゃんがいなくなってから、ボクは2年間も待ったんだ。これ以上は…限界さ」
そのまま放り投げたボールはゆっくりと弧を描き、瑠璃色の方に向かっていく。
今日初めてバットを握ったという子どもでも打てるようなスローな球。
しかし、瑠璃色がバットを振ることはなかった。ボールは静かに、キャッチャーミットに収まる。
スリーストライク。バッターアウト。
<古池瑠璃色F>
「…アタシの、負けね。これまでチャンピオンとして色々楽しいことしてきたけど、なんか満たされなかった理由がわかったわ」
<四谷ヒカル>
「その理由…さては隣にボクがいなかったから、じゃない?」
自信満々に言い放ったヒカルに対し、ルミは可笑しそうに肩を揺らした。
彼女は照れ隠しのように前髪を触ると、悪戯っぽく、けれど心の底から幸せそうに目を細める。
<古池瑠璃色F>
「ふふっ、正解よ。名探偵さん!」
まさしく破顔一笑。
これまで瑠璃色として見せてきた、どこか意地の悪さを感じさせる笑顔とはまったく違う顔を見せる。
それは、視界いっぱいに広がるヒマワリ畑を思わせるような、誰もが釣られて顔を綻ばせてしまうほど、無邪気さに溢れた笑顔だった。