25話「新しい拠点」
その後、ルミとの最期の時間がほしいと言うヒカルを残し、皆で探偵事務所まで戻ってきた。
だが、先ほどまでのことを考えると、誰も何も言うことができなかった。
戦いに勝利したとは思えないほどの重苦しい空気が場を支配していた。
<四谷ヒカル>
「ただいま、いやー、大変だったよ」
入口の扉を開け、姿を見せたヒカルは意外なことにすっかりといつも通りの態度に戻っていた。
<黒中曜>
「ヒカルさん…その、もう、大丈夫なのか?」
<四谷ヒカル>
「…大丈夫、ではないかもね。だけど、いつまでも落ち込んでちゃ、るーちゃんに叱られちゃうよ」
そう言いながら爽やかに笑うヒカルの瞼が、とても腫れぼったくなっていることに曜は気づいた。
だが、それについて触れることはしなかった。
<十条ミウ>
「ルミは…どうしたの?」
<四谷ヒカル>
「シティの外れに墓地があってね。ちゃんとそこで弔ってきたよ」
<落愛日和>
「…ありがとう。きっとあの子も喜んでると思うわ」
最愛の人を目の前で、蹂躙されるように殺されたというのに、ヒカルは前を向いて生きようとしていた。そんな姿に、皆は胸を打たれた。
<黒中曜>
「まさか…芥があんなことをするなんてな…。あのとき、止められなくて…本当にごめ――」
<四谷ヒカル>
「ストップ。それはもう言いっこなしさ。
そりゃあ、みんなでがんばって芥が暴れる前に止められてたら、それが一番良かったよ…けど、そうはならなかった」
ヒカルはまた思い出したのか、涙を懸命に堪えるように、震える声で話を続ける。
<四谷ヒカル>
「そうは…ならなかったんだ。あれは災害と同じようなものさ。残されたボク達は…ただ、前を向いて生きていくしかないんだ」
<彩葉ツキ>
「そう…かもね。でも、あの人って結局何がしたかったのかな? 自分もレーザーで殺されちゃったし…」
<十条ミウ>
「あいつの考えていたことなんて、想像しようとしても無駄よ。ねえ、ジオウ?」
以前のジオウなら嬉々として話を引き取っていたのだろうが、今の彼は不自然なほどそっけなかった。
<滝野川ジオウ>
「さあな…」
少しだけ、気まずい空気が流れたが、それを払拭するかのように三田が大きく手を叩いた。
<三田三太郎>
「とりあえず、仕切り直しといこうぜ。いつまでも落ち込んでるのも俺ららしくねえしな」
<雪谷えのき>
「三田、XBでは存在感なかったのに急に元気だねー」
<三田三太郎>
「試合に出てなかったからだよ! てか、オメーもだろ!」
<小日向小石>
「あはは…それを言うと僕もそうかも…」
そのまま、場の雰囲気は一気にほぐれていった。
<四谷ヒカル>
「そうだ、少しいいかい? 日和、夜宵、こっちに」
ヒカルが軽く手を挙げ、自分の横まで来るように日和と夜宵に目で促す。
<四谷ヒカル>
「みんな…今回は本当にありがとう。あんな形にはなっちゃったけど、最後にるーちゃんに会えて嬉しかったよ」
<落愛日和>
「私からもお礼させて。ありがとう」
<落愛夜宵>
「あなた達が来てくれて…よかった…」
三人はそのまま深々と頭を下げ、感謝を伝えた。
<黒中曜>
「そんなに改まって礼を言われるほどのことじゃない。どのみち、ナンバーズとは戦わなきゃいけなかったしな」
<四谷ヒカル>
「それでだね…もう、るーちゃんみたいな子は絶対に出したくないと思うんだ。
そのために、ボクらもトラッシュトライブの仲間にしてくれないか?」
<彩葉ツキ>
「えー!? いいの!? すっごく心強いよ!」
<落愛日和>
「実はXBの前から、そうできたらいいなって3人で話し合ってたの」
<落愛夜宵>
「みんな…いい人だし…私も安心…」
ヒカル達は当然のように受け入れられ、これからは本格的に共に戦う仲間となった。
ヒカルは顔を綻ばせ、胸を張って曜に向き直って手を差し出した。
<四谷ヒカル>
「これからよろしくね。リーダー。さて、そうと決まれば、案内したいところがあるんだ!」
握手しながら、曜の手を引っ張り、皆にもついてくるようにと促した。
そのまま事務所を出て、辿り着いたのはシンジュク洞窟の奥にある、地下室だった。
<秋葉ひなぎく>
「は~~~、こんなところがあるなんて驚きだにゃ!」
地下室の中は綺麗に整頓されており、家具も揃っていた。探偵事務所とは大違いだ。
インテリアとして大きな水槽も置かれており、その中では金魚が優雅に泳いでいる。
面積もそれなりに広く、各々早速、置かれているソファに座ったり、ベッドに寝転んだりと、くつろぎだした。
<四谷ヒカル>
「自分の家のようにくつろいでね…って言う前にリラックスしてるね…」
<雪谷えのき>
「ていうかー、ここってなんなの?」
ベッドに寝転がりながら、えのきが尋ねる。
<四谷ヒカル>
「まあ、秘密基地ってところかな。ほら、女の子と秘密のデートをするときにうってつけだろ?」
<黒中曜>
「だろ? って言われてもな…。そもそも、どうしてここに連れてきてくれたんだ?」
<四谷ヒカル>
「トラッシュのメンバーは、たくさんいるし拠点も必要だろ?
事務所だとちょっと狭いし、ここならそれなりに人数がいても大丈夫だからね」
<小日向小石>
「ここを使わせてもらえるのはありがたいね。怪我人を寝かせておいたりもできそうだし」
皆が口々に感謝を伝え、ヒカルもそれを受けて胸を張っている。だが、真剣な顔になりぽつりと呟いた。
<四谷ヒカル>
「…それに、まだるーちゃんのこと諦めてないからね…」
そう言って、ただひとり部屋の隅に立ち尽くしていたジオウの方を見た。
<十条ミウ>
「もしかして…ルミもジオウと同じように生き返るかもと思ってるの?」
<四谷ヒカル>
「うん。だって曜くんがゼロに勝てば、なんでも願いを叶えてもらえるんでしょ。
だったら、るーちゃんを…いや、ゼロに苦しめられて死んでいった人達を生き返らせてもらってもいいと思うんだ」
<黒中曜>
「確かにそうだな…なあ、ジオウさん、生き返ったときの記憶はあるのか?
今回、ゼロがジオウさんをどうやって生き返らせたのか気になるんだ」
XBの直前からこれまで、あまりにも色々なことが起こってジオウに質問することができていなかったことを、曜は意を決して尋ねてみた。
<滝野川ジオウ>
「…ないな。気づいたら不舞喜町の入口にいたんだ」
<十条ミウ>
「仕方ないことよね。何しろ、あまりにも常軌を逸しているもの。
焦らなくていいから、ゆっくりと思い出しましょ?」
優しげにそう語りかけるミウだったが、ジオウはどこ吹く風といった様子だ。
<滝野川ジオウ>
「ああ、わかったよ…十条」
<十条ミウ>
「…え?」
瞬間、ミウがピタリと動きを止めた。信じられないものを見るように、ジオウの顔を見つめる。
<十条ミウ>
「どうして、私を名字で――」
ミウが言い終わる前に、大声が場の空気をかき乱した。
<四谷ヒカル>
「えのきちゃん!? 何をしてるんだ!?」
慌てふためくヒカルの声に釣られて、そちらを見るとえのきが水槽に手を突っ込み、金魚を取り出そうとしていた。
<雪谷えのき>
「おなかすいたー、焼き魚にしよー」
<落愛夜宵>
「それ…すごい魚…観賞用だからやめて…」
ドタバタとした喧噪の中、皆が笑っていた。けれども、ミウとジオウだけは輪の中から外れていた。
ジオウは冷めた目でヒカルとえのきを眺めていた。
ミウはジオウの手を引き、部屋を出る。今のジオウを、皆と一緒にしておくのは、良くない気がしたから。
そのあと――
日和の客から連絡が入り、一同は再び四谷探偵事務所へ戻った。
現れたのは、少しくたびれたサラリーマンの男だった。
<大橋>
「いきなりごめん。ちょっといいかな?」
<落愛日和>
「もう…大橋さん。急に連絡してきてなんなのよ…」
<落愛夜宵>
「指名料ケチる男、最低…アイスピックで刺す…」
<大橋>
「申し訳ない…だけど、我慢できなくてね」
<黒中曜>
「えっと、この人は――」
曜が男の素性を問おうとした瞬間、かすかな頭痛が走った。
<黒中曜>
「…っ」
<彩葉ツキ>
「この人は、日和さんのキャバクラのお客さんで、探偵事務所のほうにもお仕事をくれた人なの。
私もこの前会ったとき、すっごくご馳走してくれた、いい人なんだ~」
<黒中曜>
「へえ…そうなのか…」
曜は軽い頭痛を無視して、話を続ける。
<四谷ヒカル>
「それで、ご用件は何かな?
妹へのストーキングなら、ボクにも考えがあるけど」
<大橋>
「失礼だけど、今回、私が用があるのは日和さんじゃなくてね…
三田三太郎さん…あなたに用があるんだ…」
<三田三太郎>
「へ…? 俺…?」
<大橋>
「私は、XB愛好家で、ミナトトライブのファンでもあるんだけど…
その…タイガさんが亡くなったっていう話は、本当かい!?」
<三田三太郎>
「――は!? タイガが…!?」
<大橋>
「ああ、タイトウシティで亡くなってしまったっていう噂を聞いてね…
その話が本当なのかどうか仲間である君から聞きたかったんだ…」
――ミナトトライブのタイガ。
曜は、カズキから聞いた話を思い出す。
彼はミナトトライブのエース、"白金ハル"に続く強打者で、アホではあるが、もの凄い才能を持つ若者とのことだった。
同じトライブの仲間が死んだという噂を突然聞かされ、三田は大きなショックを受けていた。
<雪谷えのき>
「このおっさん、きらーい!
タイガは、あたしと結婚するまで死んだりしない!!! 嘘つくなー!!! がぶ、がぶがぶ…!」
<大橋>
「いて、いててててて…!」
<西郷ロク>
「…人を噛むな」
ショックを受けているのは三田だけではなく、"自称"タイガの婚約者のえのきも同じだった。
えのきは大橋の手に噛みつき、西郷がそれを必死に引き剥がそうとしている。
<落愛日和>
「ごめんなさいだけど、今日はもう帰ってくださる?
突然のことで、この子達も混乱してしまっているみたいだから…」
<大橋>
「そ、そうだね…また連絡するよ…」
大橋は、えのきに噛まれた手を無理やり引き剥がすと、そそくさとその場を後にした。
<三田三太郎>
「………………」
<黒中曜>
「三田さん、大丈夫か…?」
落ち込む三田を見て、曜は心配して声をかけた。
三田は、自分が心配されていることに気付いたのか、無理に笑顔を作った。
<三田三太郎>
「ああ…大丈夫だ。タイガは、人一倍頑丈なやつで、死んだなんてありえねぇ。
きっと、ガセ情報だぜ!」
<雪谷えのき>
「そーだそーだ! タイガが死ぬなんてありえなーい!」
<三田三太郎>
「っていっても、タイガ達とは長い間、連絡が取れてねぇ…
一回、みんなと相談して、タイガを探すのを手伝ってもらうのがいいかもしれないな…」
そう言って、三田は憂いを帯びた表情を見せる。
仲間の生死を案じる気持ちは、曜にもよくわかった。
それは、他のメンバーも同じだろう。
そろそろ夜が明け、空が徐々に明るくなっていく。
一同は一旦休憩を取り、そのあと他のトラッシュトライブの仲間達へ連絡を取ることにした。
【トライブナイン 第4章 END】
執筆者:クロノゲート