9話「防戦一方」
それから、地獄のような日々が始まった――
くたばれ祭りのルールは把握したし、芥の戦い方も一度見た。やりようはある——そう、思っていた。
しかし、それは甘い考えだった。
――二日目の夜。
祭り囃子が鳴り響き、神輿が現れる。
その晩も曜達は神輿の上に乗せられ、街の人々と戦った。
前の晩と同じように相手をさばき、汗だくになりながら、ようやく周囲を片づけた。
ひと息ついたその瞬間、別の神輿から、巨大な人影が勢いよく飛んできた。
<芥塵>
「よっ、また来たぞ! 待たせたな!」
心底嬉しそうな声だった。
本当に楽しくて仕方なさそうに、芥が着地した。
<黒中曜>
「本当に来やがった…」
<千羽つる子>
「逃げ道もありませんし、戦うしかありませんね…」
曜達も必死に戦った。
だが、防戦一方で、祭り囃子が鳴り止むまで、ただ耐えることしかできなかった。
――三日目の夜。
また芥が来た。
今夜も別の神輿でひとしきり暴れてからだった。
愉快そうに着地したあと、すぐに曜に向かって強烈な一撃を繰り出す。
<黒中曜>
「――ッ!!」
大きく弾かれ、柵に背中を叩きつけられ、息が詰まった。
なんとか起き上がると、芥は満足そうに笑ったが、曜はどうすることもできなかった。
――四日目の夜。
またしても、芥がやって来た。
ツキが腕を取られ、曜が割って入って庇った。その代わりに右の脇腹を打たれた。
<彩葉ツキ>
「ごめん、曜…! 私のせいで…!」
<黒中曜>
「いいんだ…ツキが無事なら…」
くたばれ祭りが終わると、ツキは申し訳なさそうな表情で駆け寄ってきた。
曜は小石の治療を受けていたが、怪我は思いのほか深く、歩くだけで痛みが走った。
――五日目の夜。当然のようにまた芥が来た。
<芥塵>
「おいおい、がら空きだぜ!」
<千羽つる子&小日向小石>
「――うっ!」
<上野弥次郎兵衛>
「曜さん!」
<黒中曜>
「ああ、ふたりで止めよう!」
この夜はつる子と小石が同時に場外に吹き飛ばされかけて、曜と上野がふたりでなんとか食い止めた。
<芥塵>
「ち…もうこんな時間かよ…」
祭り囃子が鳴り止み、芥が去ったあと、皆は疲れのあまりその場に座り込んだ。
誰の目にも明らかなほど、疲労困憊だった。
神輿から降りながら、百一太郎が口を開く。
<千住百一太郎>
「なんであいつ、毎晩来んだよ…他にも相手はたくさんいるっつーのによ…」
<黒中曜>
「退屈さを紛らわせられるのは、俺たちだけだって言ってたからな…」
<千羽つる子>
「まったく、複雑怪奇な人ですわ」
芥は毎晩、他の神輿で暴れながら、曜たちの神輿を見つけると、迷わず飛んでくる。
まるで好敵手を見つけた幼いスポーツ選手のように。
その無邪気さが、かえって始末に負えなかった。
その日の晩。
屋敷に戻った後、上野は何か考え事をしながら、ミウとジオウのほうを見た。
<上野弥次郎兵衛>
「十条さんと滝野川さん…でしたよね。
あなた達と芥は、ただならぬ因縁があると聞いております…
本当にすみませんが…芥について知っていることを全部教えてもらってもいいですかい?
今はひとつでも多くの情報がほしいんです…」
――芥との関係。
それは、ミウとジオウにとって、語ること自体が苦しい話だった。
上野や花札、アサガオにも、ふたりと芥が長い付き合いであることだけは伝え、それ以上のことには、触れないようにしていた。
<黒中曜>
「ごめん…上野さん。その話は、あんまり…」
曜は、ミウとジオウを気遣い、言葉を濁す。
しかし――
<十条ミウ>
「いいのよ…ここまで来たら、話すしかないわ…
ジオウもいいわよね…?」
<滝野川ジオウ>
「ああ…」
ミウの覚悟は、すでに決まっていた。
深く息を吸い、ジオウとともに語り始める。
<十条ミウ>
「キタトライブはトライブという名ばかりの暗殺集団…。
ゼロが現れる前から、アイツは…いえ、私達は"殺し"をしていたわ」
<滝野川ジオウ>
「芥は、キタの頂点…。
ヤツの戦闘技術は純粋な格闘技術じゃない。暗殺のために磨かれたものだ。
急所への攻撃、一撃での無力化、逃がさないための動き。それが、あいつの体に染み込んでいる」
<十条ミウ>
「ジオウと私はあいつのもとで育てられたから、わかるの…。
芥は才能が違う…生まれついての本能として殺しを知っている。そういう人間よ」
<黒中曜>
「――っ」
曜は奥歯を噛みしめた。
暗殺のための技術。殺すことに特化した体。
それを相手に、毎晩神輿の上で戦い続けている。
いくら受け流しても、いくら逃げても、殺すことに向けて研ぎ澄まされた動きが来る。
普通の戦いとは根本的に違う。
どこを攻めても、どんな角度で来ても、すべて対処されてしまうのは、そのためだった。
芥という人物の本質が見えたところで、曜達の状況が好転することはなかった。
夜が来るたび、状況は少しずつ悪化していく。
くたばれ祭りに参加すれば食料は得られる。
だが、日を追うごとに芥の執着は強まり、住人達と戦う機会は減っていく。
それに伴い、入手できる食料も徐々に減っていった。
疲労の上に、満足な食事も得られない。それは大きな痛手だった。
――九日目の夜。
曜は芥の一撃をかわしきれず、右腕に深い打ち傷を負った。
くたばれ祭りが終わった後、小石が包帯を巻きながら言う。
<小日向小石>
「無茶しないで。真正面からぶつからないことも大事だよ」
<黒中曜>
「一応、わかってるんだけどな。ただ、しつこく追ってくるから」
<小日向小石>
「そうだよね…黒中さんもわかってるよね…
ごめんね…僕ってば…」
小石の顔に、疲弊が滲んでいた。毎晩誰かが傷を負って帰ってくる。
その全員を診続けている彼の顔にも疲労の色が濃く滲んでいた。
――十日目の夜。
三田が芥に吹き飛ばされ、神輿の柵に叩きつけられた。
肋骨にひびが入ったかもしれないと、小石が渋い顔をした。
<三田三太郎>
「だーじょうぶだって! 問題なく動けるからよ」
三田はあくまでも明るくそう言ってのけたが、誰の目にも無理をしているのは明らかだった。
<小日向小石>
「問題あるよ。しばらく、できるだけ安静にして」
<三田三太郎>
「へいへい…わかったよ…」
――十一日目の夜。
百一太郎が神輿から転落しかけて、Qが間一髪で引き戻した。
<千住百一太郎>
「あっぶね~~~! 引き戻してくれてあんがとな、Q」
<Q>
「間に合ってよかった…だが、次は間に合うかどうか…」
<千住百一太郎>
「もう飛ばされねぇから、安心しろって!」
百一太郎は笑ってそう言ったが、その言葉に保証はなかった。
怪我が増えれば神輿の上での動きが鈍る。動きが鈍れば、さばける人数が減る。
さばける人数が減れば、格付けが上がりにくくなる。格付けが上がらなければ、支給される食料が増えない。
食料が減れば、体力が戻らない。体力が戻らなければ、翌日の動きがまた鈍る。
曜たちはものの見事に悪循環にハマってしまっていた。
――十二日目の夜。
<芥塵>
「ここだ…な!」
<黒中曜>
「――ガハッ!」
<桜花札>
「曜!」
曜は神輿の上で芥に正面から弾かれ、そのまま床に倒れた。
起き上がろうと力を込めた腕が震えた。
ふと気づくと空いっぱいに瞬く星が見えた。
<芥塵>
「おいおい、立てよ。終わってないんだからよ」
芥は、しゃがんで曜の顔をつんつん突く。
催促の笑みだ。まだ遊び足りないとでもいうように。
<黒中曜>
「うるさい、そんなことわかってる」
曜は歯を食いしばって立ち上がったが、その晩も囃子が止むまで、ただただ芥の攻撃を耐えるしかなかった。
………………
………………
………………
今宵のくたばれ祭りも終わり、一同は無言で屋敷に戻ってきた。
つる子が日記のページをめくる手を止めて、窓の外を眺めた。
<千羽つる子>
「何日、経ちましたかしら…」
誰も答えなかった。
ミウが静かにジオウを見た。ジオウは目を閉じている。その横顔には、感情と呼べるものがまったくなかった。
しかし疲労だけは、確実に刻まれていた。
曜は自分の手を見た。あちこちに細かい傷がある。芥の攻撃を受けるたびに、じわじわと積み重なった傷だった。
<青山カズキ>
「今日は早く休もう。戦いを重ねれば見えてくるものがきっとあるはずだ」
その口調には微かに苛立ちが混じっているようだった。
何も事態が進展していないことへの、苛立ちが。
カズキ自身もその目に疲れが滲んでいた。
毎晩、芥の動きを見ながら対策を考え続けてはいるのだろう。
だが答えは未だ出ていないようだ。考えれば考えるほど、芥という人間の異常さが浮かび上がってくるだけなのは明らかだ。
<彩葉ツキ>
「ねえ、曜」
その夜、眠る前にツキが声をかけてきた。大切な幼馴染を気遣うためだろう。
<彩葉ツキ>
「大丈夫? それ、つらくない?」
<黒中曜>
「大丈夫だ」
曜は短く言葉を返した。それしか言えなかった。
<彩葉ツキ>
「…そっか。無理しないでね。絶対に、誰も欠けちゃいけないから」
ツキの言葉は短かった。だがその声の奥に、何夜分もの祈りが詰まっているような気がした。