7話「新たな仲間」
アサガオの背中は、迷いなく進んでいく。
裏通りは薄暗く、表通りの提灯の光がかろうじて届いてくる程度だ。
やがてアサガオが足を止めたのは、路地の奥に佇む、遊郭の前だった。
引き戸を開けると、廊下の先に柔らかな灯りが見え、畳のい草の匂いが漂ってきた。
<アサガオ>
「入っておいで」
そのまま案内されたのは、奥の和室だった。
障子の向こうには夜の庭が広がり、遠くに提灯の橙色がぼんやりと滲んでいる。
絵屏風が壁に沿って立てられ、描かれた龍が灯りの加減で今にも動き出しそうに見えた。
その部屋に、ふたりの人物がいた。
ひとりは眼鏡をかけた端正な顔立ちの男だ。
落ち着いた装いで、背筋をきちんと伸ばして座っている。
もうひとりは肩までの黒髪に顎髭を蓄えたがっしりとした体格の男で、腕を組んだまま壁際に立っていた。
<顎髭の男>
「随分とひどい格好だな」
<眼鏡の男>
「初めてのくたばれ祭りと考えれば上出来ですよ。
みなさん、お疲れ様です」
<三田三太郎>
「おっ、やっぱ生きてたか!
オメーら、強いからな。絶対、生きてると思ったぜ!」
<眼鏡の男>
「ふふ、そういう三田さんも無事でよかったです。
まっ、あなたもずいぶんとお強いですから、とくに心配しませんでしたよ」
親しげに眼鏡の男と会話をする三田。
その光景は、初対面の人間と交わされるものとは到底思えず――
<黒中曜>
「えっと…その人達は、三田さんの知り合いなのか…?」
ぽろりと曜は、自分の疑問を口に出した。
<顎髭の男>
「ああ…コイツらのリーダーと仲良くしてたからな」
<眼鏡の男>
「だけど、三田さんだけではありませんよ。
ね、カズキさん。だいぶ久しぶりですね」
<青山カズキ>
「やあ、上野さん、花札さん無事でよかったよ」
<三田三太郎>
「ちょっと待て。カズキ、お前、こいつらと知り合いだったのか?」
三田が、カズキとふたりの男を交互に見やる。
カズキがミナトトライブに在籍していた期間は短く、その間はとくにタイトウトライブとの絡みもなかったのだろう。
三田は、どこでカズキとふたりが知り合ったのか気になった。
<青山カズキ>
「うん。ミナトトライブに入る前に、少しの間タイトウトライブにお世話になっていたんだ」
<三田三太郎>
「へー…そうだったのか…初めて聞いたぜ…」
<青山カズキ>
「はは、だって怪我の治療のためにお世話になってた…なんて恥ずかしくて言えなかったしね」
そのままカズキが軽く笑いながら全員に向き直った。
<青山カズキ>
「改めて紹介するよ。上野さんはタイトウトライブのリーダーで、智将として名を馳せた人だ。
花札さんはタイトウのエース。タイガくんの師匠だよ」
<千羽つる子>
「なんと! XB界でも超有名なおふたりじゃないですか!」
<彩葉ツキ>
「サ、サインとかもらっちゃったほうがいいかなあ!」
<三田三太郎>
「な、なんか俺のときと反応違くねーか!?
一応、俺もそこそこ有名なプレーヤーなんだけど!」
ふたりがXBの有名プレーヤーということもあり、食いつくつる子達。
サインをねだろうか悩んでいると――
<アサガオ>
「あんた達、かしこまった話でもするんだろう?
座布団敷いてあげるから、腰をかけて喋りな」
そういって、アサガオは座布団を敷き始め、つる子達は冷静になったのか大人しく座布団の上に座った。
<青山カズキ>
「それじゃ、再会してすぐのところ申し訳ないんだけど、情報を交換させてもらってもいいかな?」
<桜花札>
「ああ、こっちも最初からそのつもりだ。いろいろと聞かせろ」
まずトラッシュトライブ側から口を開いた。
ゼロの統治ルールをシティごとに攻略していること――
各シティで蘇生という謎の現象が起きていること――
そして今夜、死んだはずの芥と遭遇したこと――
上野はすべてを黙って聞いていた。花札は途中で一度だけ舌打ちをしたが、それ以上は口を挟まなかった。
ひとしきり話が終わると、上野が口を開く。
<上野弥次郎兵衛>
「なるほど…
あなた達の噂は何度か聞いていましたが、まさかそこまで大変なことに巻き込まれていたとは…」
<黒中曜>
「次は、そっちのことも聞かせてもらってもいいか…?」
<上野弥次郎兵衛>
「ええ…このタイトウシティでは、先程あなた達が話した"芥塵"って野郎が、統治ルールが始まってすぐにここのチャンピオンになりました。
それからずっと芥がチャンピオンだったんですが、あれは二週間ほど前ですかね…? 急に芥が消えたんです。
その間は別の人間がチャンピオンになりましたが…ま、つい先日戻ってきて、また元の木阿弥ですよ」
<桜花札>
「しかし…アイツが一度死んだとはな…
帰ってきてからは、変に陽気な性格になったとは思っていたが、それが原因とは…」
<十条ミウ>
「…どうやら、生き返った際に、記憶も一部失っているようだったわ」
ミウが静かに言う。先ほど芥と対峙したときの剣呑な気配は収まっていた。だが目はまだ、どこか遠くを見ていた。
<上野弥次郎兵衛>
「ふむ…蘇生にも何かしらのデメリットがあるもんなんですかねぇ」
上野が一拍置いてから言葉を続ける。
<上野弥次郎兵衛>
「まあ、でも皆さんがいらっしゃってよかった。
正面からぶつかっても、今の私らじゃ歯が立たない。
だからこうして、嵐が過ぎるのを待つように、じっとしていたわけですが…」
<桜花札>
「お前らが来たなら話は別だ。全員で芥をぶっ倒すぞ」
<黒中曜>
「ああ」
曜は、花札から差し出された手を取り、握手した。
<三田三太郎>
「…なあ、タイガのことなんだけど」
ふと、三田が周りを見回したあと、口を開いた。
<三田三太郎>
「てっきり…俺はお前らと一緒にいると思ったんだけど、アイツはどこにいるんだ…?」
花札の目がわずかに左右に動いた。
聞かれたくないことを聞かれてしまった。そんな雰囲気がした。
<桜花札>
「…わかった。外に来い」
<三田三太郎>
「おっ、やっぱいるんだな。そっちにいるのか?」
そのまま、三田は促されるまま庭に出た。皆もそれに続く。
ほんのりと生温かい夜風が肌をくすぐる。
提灯の灯りが届く範囲で、小さな庭の輪郭が浮かび上がっている。
花札が庭の片隅にある小さな木製の立て札を指し示した。
高さ10センチにも満たない、金魚の墓のようなもの。白木の板に、ひと文字ひと文字を彫り込んだような、素朴な作りだった。
そこには、こう書かれていた。
『タイガの墓』
<三田三太郎>
「おいおいこりゃ、何の冗談だ…?」
<上野弥次郎兵衛>
「統治ルールが始まって、数ヶ月ほど経った頃でしたかね…
大雨の夜、屋敷の前に大怪我を負ったタイガさんが倒れていたんです。
私達も急いで保護して、手当てをしたんですが…」
上野が静かな声で続ける。
<上野弥次郎兵衛>
「そのまま、亡くなってしまいましてね…本当に、あっけなく…」
沈黙が落ちた。庭の草が、夜風に揺れる。
三田は墓の前に立ち、小さな木の板を見つめていた。
<三田三太郎>
「う、嘘だろ…あの話は本当だったのかよ…」
そのまま三田は膝をつき、肩を震わせる。
それから、堰を切ったように声を殺して泣き始めた。
<三田三太郎>
「このバカ野郎…! なんで死んじまうんだよ…!」
泣き声とも悪態ともつかない、そんな声だった。
カズキとQが三田のそばにしゃがみこんで、何も言わずそこにいた。
その横顔に、うまく言葉にできない何かがあった。
離れた場所に立っていたメンバーは、静かに目を伏せた。
タイガとは会ったことがない者がほとんどだ。
それでも、三田のこの姿を見れば、どんな人間だったかは伝わった。
<黒中曜>
「残念だったな…」
曜は、えのきのほうを見た。
彼女は、タイガのことが好きで、よく結婚すると豪語していた。
意中の相手が亡くなったと知れば、三田と同じくらい――いや、それ以上に悲しむだろう。
しかし、えのきの反応は――
<雪谷えのき>
「くんくんくんくん…ねぇー。この下、タイガがいるよー」
何故か、地面に這いつくばり、まるで犬のように匂いを嗅いでいた。
そして、どこからか園芸用こてを引っ張り出してきた。
<雪谷えのき>
「掘る!」
<黒中曜>
「え?」
えのきが墓の前に園芸用こてを刺した。
そのまま、ざくざくと地面を掘り起こしていく。
<千羽つる子>
「え、えのきさん!? 何をしているのですか!?
いくら愛する人の墓とはいえ、墓を暴くことは、絶対にしてはいけません!」
<雪谷えのき>
「邪魔しないでー!
あたしは、タイガに会いに行くの!」
<千羽つる子>
「あう!」
つる子の制止を振り切り、えのきは園芸用こてでタイガの墓の下を掘り続ける。
異様な光景に、一同は息を呑み、その場から動けなくなってしまう。
<西郷ロク>
「………………」
やがて、えのきの面倒役である西郷が、ゆっくりと動き出した。
曜は、てっきり西郷がえのきを止めるものと思っていた。
だが――
西郷もどこからともなく園芸用こてを取り出し、何事もないかのように墓を掘り始めた。
<千羽つる子>
「ええ!? 西郷さんまで!?」
<雪谷えのき>
「手伝ってくれるの? 西郷」
<西郷ロク>
「ああ…仕方ない…」
そのまま、ふたりは黙々と地面を掘り始めていく。
ツキがその光景を見て小さく呟いた。
<彩葉ツキ>
「えのきちゃん…
きっと、タイガさんが死んじゃったことを知って、おかしくなっちゃったんだよ…」
<小日向小石>
「うん…そうだね…
今、僕達が何を言ってもだめみたいだから、雪谷さんが納得するまで、放っておいてあげよう…」
一同は、えのきの気持ちを察し、それ以上、何も言わないことにした。
そして、三田が泣き続けるのを――ただただ見守った。