6話「最悪な夜」
<千住百一太郎>
「はあ~、やばかった! けど、もう終わりだよな!?」
<十条ミウ>
「まだわからないわ。あの囃子が続いてる間は戦い続けるって話だし――」
<遠くから聞こえる悲鳴>
「キャー!!!」
<遠くから聞こえる悲鳴>
「やめてやめて、死んじゃぅ――」
<遠くから聞こえる悲鳴>
「ウギャアー!!!」
突然、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
男の声とも女の声ともつかない、短く鋭い叫び。
それがひとつ、ふたつ、みっつと重なって、夜の空気を切り裂いた。
<Q>
「なんだ…この悲痛な声は…」
<滝野川ジオウ>
「隣の神輿からだ…」
一同が目を向けると、そこにはたくさんの人々が地に伏していた。動いている者は誰もいない。
全員が、神輿の上で倒れている。まるで、台風の後に薙ぎ倒された木々のように。
<小日向小石>
「どうなってるの…なんで、みんな倒れて…」
<轟英二>
「おい、よく見てみろ…あそこに、誰か立っているぞ…」
<十条ミウ&滝野川ジオウ>
「――っ!」
轟が指さす方向をよく見てみると、ひとりの男が立っていた。
大柄な体躯、天を衝くような金髪、浅黒い肌、そして乱れた衣服。
シンジュクシティに居た者にとって決して忘れられない男――
<黒中曜>
「なんで…芥塵がいるんだっ!?」
芥塵は、そこにいた。
シンジュクシティで死んだはずの男が。
曜自身――いや、その場に居た全員が、その最期を見届けたはずの男が。
まるで何事もなかったかのように腕を振り、神輿の上に立っていた。
<青山カズキ>
「芥って、曜くん達がシンジュクシティで会ったっていうナンバーズだよね…」
<彩葉ツキ>
「うん…
他のナンバーズとその仲間を殺したペナルティで、ゼロの逆鱗に触れて、スペースツカイスリーのレーザーで撃たれたはずなんだけど…」
<三田三太郎>
「ま、まさか、ゼロが蘇らせたっていうのか?」
祭り囃子がひときわ大きくなる。
芥が倒した住人を一瞥して、それから顔を上げると、曜と目があった。
その瞬間、芥の表情が変わった。驚きではなく、歓喜。
まるで旧友と再会したときのような、満面の笑みが広がった。
<芥塵>
「おーっ! いたじゃねーか!」
神輿と神輿の間の距離を感じさせない、よく通る声。
芥が片手を上げて、曜に向かって豪快に叫ぶ。
<芥塵>
「そこにいるの黒中だろ!?
ガッハッハッ! 久しぶりだなあ! 元気にしてたか!?」
<黒中曜>
「――え」
曜は返事に戸惑った。
あれほど冷酷で、残忍で、接触するたびに死を意識させた男が――今は、屈託のない笑顔を浮かべてこちらに手を振っていた。
困惑が全員の顔に浮かぶ。
<彩葉ツキ>
「何あれ…芥ってあんなヤツだっけ…」
<黒中曜>
「ああ…明らかに様子が違う」
困惑する一同のことなどお構いなしに、芥は神輿の縁に手をかけ、軽々とこちらの神輿へ跳び移ってくる。
ドシン、と重い音が響き、床が揺れた。
<芥塵>
「いやーよかった、また会えて!
オレ、ずっと気になってたんだよ。シンジュクじゃ、ろくに絡めなかったからよぉ」
曜は芥の顔を凝視する。だが、そこには嘘の気配はなかった。
芥は本気で曜と再会できたことを喜んでいるようだ。
<三田三太郎>
「けっ、急にキャラ変しやがって…
お前が極悪人ってことを、俺達は――」
<芥塵>
「ん? ちょっと待てよ…。お前ら、見たことある顔だな」
三田の話の途中、芥は急にキョロキョロと曜の周囲に居る仲間を見始めた。
そして、その視線はミウとジオウのところで止まって、芥が首を傾げてから、ぽんと手を打った。
<芥塵>
「ああ! キタトライブの後輩じゃねーか! 元気してたか!?
いや、でもなんでここにいんだ? もしかして、引っ越しでもしたのか?」
――キタトライブの後輩。
その言葉がミウの耳に届いた瞬間、彼女の表情から感情が消えた。
凪いだ水面のように、すべてが平らになる。
代わりに、何かが深いところから静かに湧き上がってくる。
その気配は、隣にいた曜にもはっきりと伝わった。
<黒中曜>
「ミウさん」
曜が小声で名を呼ぶが、ミウは応えない。
芥は、まだ笑っている。
後輩を見るような、どこか親しみのある目で、ミウとジオウを交互に見やっていた。
その目に、罪悪感は欠片もない。
キタシティで自分がふたりに何をしたのか――そのすべてを、何一つ覚えていない目だった。
<十条ミウ>
「…あなた、本気で言ってるの?」
ミウの声は低く、静かだった。そしてその声は確かに震えていた。
それが怒りによるものなのか、困惑によるものなのかは、曜にはわからなかった。
<芥塵>
「ん? なんだ、怖い顔して。
後輩がそんな顔するなよ。オレ、なんかしたか?」
その一言が、引き金だった。
<十条ミウ>
「………………」
ミウは一歩踏み出す。
ただの一歩だったが、全身から放たれる気配が全く別物に変わっていた。
殺意と呼ぶには静か過ぎる。だが、それ以外に言いようがない、純粋で冷たい意志。
<彩葉ツキ>
「ミウさん、待って!」
ツキが腕を伸ばす。だが、ミウは止まらなかった。
その瞬間、芥の目が変わった。
笑みが消えたわけではない。瞳の奥に何かが灯った。
本能のようなもの。何十年もかけて研ぎ澄まされてきた、殺気への反応。
<芥塵>
「ほォ」
低い声だった。
芥が、ゆっくりと体を沈める。顔には笑みだけが張り付いたように残っている。
<芥塵>
「久しぶりに、そういう目ぇ見たぜ。気に入った」
次の瞬間、芥が動いた。
ミウへではなく、神輿の上にいる全員へ向けて――腕が振られ、直後、風音が鳴り響く。
<黒中曜>
「クソ…!」
曜は咄嗟に避けて、反撃をする。
しかし、芥は微動だにしない。
<三田三太郎>
「くらいやがれー!」
三田が横から飛び込みざまに殴りつけ、一瞬だけ芥の動きが乱れた。
でも、それは芥にとって子供に小突かれたのと同じくらいのものだった。
<芥塵>
「おいおい、パンチっていうのはこうやってするもんだぜ!」
そう言って芥がもう一度大きく腕を振ると、その腕が一同に直接当たることはなかったものの、一撃が生み出した暴風によって全員がまとめて吹き飛ばされた。
<彩葉ツキ>
「きゃあー!」
曜達は、神輿の柵に叩きつけられながら、奥歯を噛みしめた。
骨が折れていないのが不思議なくらいの痛みだった。
<千羽つる子>
「…つ、強すぎます。ここは退避を…」
<芥塵>
「つまんねえこと言うんじゃねえ! オレと戦おうぜ!」
逃げようにも、この神輿の上ではどこにも逃げ場がない。
そのまま追撃が来て、皆の体はもう一度弾かれる。
<黒中曜>
「…っ!」
曜は体を起こしかけたが、痛みのあまり手に力が入らなかった。
――まずい。このままでは、本当に終わる。
死を覚悟したそのとき、どこかから、風が吹いた。
夜の空気が切られる音。金属がこすれるような、細く高い音。
芥の腕が、ピタリと止まる。
<芥塵>
「あ? なんだこれは…」
芥が腕を押さえる。
深くはない。だが確かに、一筋の傷が走っていた。
芥が周囲を見渡すと、神輿の縁に人影が立っていた。
華奢に見えて、揺るぎない重心。夜の光の中、毛先だけ青い黒髪がゆれている。
腰には、細身の刃が光っていた。
<和装の女>
「ふん。ちょっとは落ち着きなって」
低く、落ち着いた声だった。
芥を見る目には好奇心と観察が入り混じっている。
<和装の女>
「残念だけど、今夜はここまでだよ。
祭り囃子が止まった。あんたなら、この意味わかるだろ?」
言われて、曜達もようやく気がついた。
いつの間にか、あの不気味な祭り囃子が消えていた。
神輿を担いでいた若衆たちが、音もなく担ぎ棒を降ろしている。
どうやら、今夜のくたばれ祭りはこれで終わりのようだ。
<芥塵>
「チッ…タイミングわりぃな」
それでも、その顔には笑みが残っていた。
名残惜しそうに曜たちを見渡して、芥がゆっくりと神輿の縁に手をかける。
<芥塵>
「まあいい。また会おうぜ、黒中!
次はもっと楽しくやろうな!」
気安い言葉を残して、芥が跳んだ。
夜の帳にその大きな背中が溶けていく。
<和装の女>
「立てるかい? ぼさっとしてると、また来るよ、あいつ」
謎の女が、曜に手を差し伸べた。
曜がその手を取ると、女は強く引き、彼を立ち上がらせた。
<黒中曜>
「えっと…あなたは…?」
<アサガオ>
「アサガオ、それが名前さ。
さ、ついておいで。仲間の傷も治療してあげるよ」
軽々と神輿から降りた女が裏通りへと歩き始める。
曜はついていくべきか迷ったが、先ほどの行動から彼女は敵ではないと判断した。
仲間たちと視線を交わし、頷く。
そして一同は、アサガオの背中を追い、タイトウの夜の裏通りへと消えていった。