15話「XB~VS芥①~」
――十五日目。
時刻は19時、夜の雷々門。
仁王像の両腕が門を支え、赤い大提灯がぽうっと橙色の光を落としている。
<芥塵>
「おう、待たせたな。全員揃ってるじゃねえか」
約束の時間ぴったりに、芥は現れた。
いつもの飄々とした笑みも今夜は少しばかり違って見える。
曜はビームバットを握り直した。
昨夜の傷がまだ全身にじくじくと痛む。それでも、足は地面をしっかりと踏んでいた。
そのとき、夜の空気がぐにゃりと歪んだ。
何もない空間に黒い穴がぽっかりと開き、ぬいぐるみ姿のゼロがひょっこりと顔を出す。
<ゼロ>
「やっほー! ぼくも見学に来たよ。いよいよクライマックス、見逃せないねー!」
場の空気を読まないはしゃいだ声が、辺りいっぱいに響いた。
<黒中曜>
「はあ…やっぱり来たのか…」
<彩葉ツキ>
「いっつも、XBが始まるタイミングで来るよね…
ストーカーっていうか…」
<千羽つる子>
「"っていうか"じゃありません。
もう、れっきとしたストーカーですよ…」
曜たちは皆、一様にうんざりをした顔を見せたが、ゼロはわざとらしく、とぼけ顔だ。
<ゼロ>
「もー、みんなノリ悪いなあ。芥くんは久々だけど、どう? やる気充分?」
<芥塵>
「おうよ、こいつらの好きなXBとやらがどんなもんか、まじで楽しみだぜ!」
芥は勢い込んでそう答えたが、対するゼロは少し後ずさった。
<ゼロ>
「うーん、この急なキャラ変、やっぱり慣れないよね。
ぼく、体育会系って苦手だし。ほんと、なんでこんなのになっちゃったんだろ。ほんと謎」
ぶつぶつとそんなことを言いながら、門柱によじのぼり、曜たちを見下ろした。
<ゼロ>
「まあ、とりあえず面白いもん見せてよね!」
そのぬいぐるみの顔が心なしか生き生きして見えて、曜はかえって腹が立った。
そんなゼロの動きを気にすることなく、芥はタイガの方をじろりと見た。
<芥塵>
「よーし、そんじゃ早速おっぱじめようぜ!」
<タイガ>
「待て待て、お前、まだルールもちゃんと知らないだろ? 教えてやるからちゃんと聞きな。
まずアウトの取り方だ。三振とタッチアウトの二種類だけ。
そしてどれだけかっ飛ばしても場外ホームランは存在しない。ここまでいいか?」
<芥塵>
「大丈夫だ。続けろ」
芥は腕を組み、真剣な顔で頷いている。
そのあまりにも素直な様子に、百一太郎が思わず声を漏らす。
<千住百一太郎>
「あんなにちゃんと聞くんだな」
<アサガオ>
「ああ…あいつがあんなに素直に聞くなんて意外だよ」
<タイガ>
「次。ボールを持ったフィールダーはランナーと直接バトルをする。
出塁と進塁をかけてな。そのときXBギアの使用は禁止だ。素手でやり合う。
頼れるのは自分の体だけって訳だ」
<芥塵>
「ふんふん、ギア禁止か。それはそれで燃えるじゃねえか」
芥の目が少し光った。純粋な興味の色が浮かんでいる。
<タイガ>
「最終的に相手より点が多ければ勝ち。
もしくはゲーム中に相手チームを全員戦闘不能にしても勝ちだ。わかったか?」
芥はしばらく考えるように目を細めた。それからゆっくりと口を開く。
<芥塵>
「つまり、全員ぶっ倒せば終わりってわけか。はっ、すぐに蹴りがつきそうだぜ」
値踏みするようにトラッシュトライブの顔を順番に眺めていく。
しかし、タイガは大きくかぶりを振った。
<タイガ>
「それだけを狙ったって勝てないのがXBだ。点を取る方が早い。ま、ド素人ならではの勘違いだな」
<芥塵>
「ほォ…面白えな。せいぜい、その素人にやられないように気を付けろよ」
芥が口の端を上げた。嘘のない顔だった。知らないことを素直に面白がっている、そんな表情だ。
こんな顔をするやつが、十日以上あれほどの暴力を振るい続けていたのか。曜は不思議な気持ちで芥を見た。
<ゼロ>
「ねえねえ、早く始めてよ!
0時から、くたばれ祭りあるし、早く始めてよ!」
ゼロが柱の上から体をぴょんと揺らした。相変わらず場の空気に関係なくはしゃいでいる。
曜はゼロを無視して、芥を見据えた。
<黒中曜>
「準備はいいか」
<芥塵>
「ああ、始めよう。血が熱くなってきたぜ」
芥がゆっくりとこちらを向いた。
大提灯の橙色の光の中で、双方が向かい合う。
曜の隣には、十数日間ともに傷を負ってきた仲間たちがいる。
タイトウシティで一番長い夜――曜たちのXBが、始まる。
<ゼロ>
「はい、じゃあお待ちかねのXBボールね!」
ゼロが雑に放り投げてきたXBボールをキャッチした曜は、すぐさまボールの目のような部分をカチっと押した。
次の瞬間、雷々門の石畳に、ダイヤモンドが浮かび上がっていく。
無数の提灯が揺れるタイトウシティの街が、XBフィールドへと変わっていく。
"ウウーーー!"
ゲーム開始を告げるサイレンが、タイトウの夜に鳴り響いた。
トラッシュトライブとタイトウトライブ陣営からはタイガがピッチャーを務めることになり、キャッチャーは曜だ。
そして、傷が浅いカズキ、Q、百一太郎、ツキ、アサガオ、上野、花札が塁を守ることとなった。
<ゼロ>
「芥くんには助っ人を貸してあげるね。ぼく以外にひとりでやれるやつなんていないだろうしさ」
その言葉と同時に、芥の背後から24トライブの構成員が滑り出てきた。
相変わらず揃いの仮面をつけたまま、無言で整列し、それぞれゼロが用意したXBギアを装着している。
芥がその様子をちらりと見てから、タイガに向き直った。
<芥塵>
「…いよいよだな。で、どっちが先攻だ?」
<タイガ>
「お前のチームでいい。
打者がボールを打ち返す。とにかく今はそれだけ覚えてりゃ充分だ」
<芥塵>
「わかった。簡単そうじゃねえか」
芥がバッターボックスに立つ。
両足をどっしりと開き、24トライブ構成員から渡されたバットを握った。
初めて握るはずだが、迷いがない。ただその長さを確かめるように、一度だけ素振りをした。
曜は、その姿を横目で見た。十数日間、毎晩神輿の上で叩きのめされ続けた相手だ。
あの腕力で思いきり振られれば、何が起こるかわからない。
深く息を吸い込んで、ミットを構えた。
1回表――先攻は芥のチーム。投手はタイガ。
第一球、低めのストレートを投じる。芥のバットが豪快に風を切った。
"ブォン"
完全な空振りだった。
<芥塵>
「なんだ、バットが合わねえな」
芥が目を細め、握りを確かめている。
その仕草は、初めてバットを握った人間のものとは思えないほど迫力があった。
だが、どうしてもXBに対しての慣れなさが感じられ、曜はほんのわずかに肩の力を抜いた。
<轟英二>
「ナイスボール! そのままスリーアウトで仕留めるんだ!」
轟がベンチから声を上げた。
そして、第二球もまた空振りだ。
芥は眉をひそめたまま第三球を迎え撃とうとするも、バットはまた空を切り――三球三振。
続く24トライブの構成員もXBには慣れていないのか、ぱたぱたと打ち取られる。あっさりした三者凡退だった。
<千羽つる子>
「上々の滑り出しですわね!」
<彩葉ツキ>
「よし、攻撃! しまっていこー!」
1回裏――
トラッシュトライブの攻撃。先頭打者のツキがバッターボックスに立った。
芥側のピッチャーは24トライブの構成員のひとりだ。
芥は退屈そうに、ピッチングフォームを確認する構成員の姿を眺めていた。
<黒中曜>
「…おい、お前が投げるんじゃないのか?」
<芥塵>
「ああ? んなつまらねえことやってられっかよ。球投げなんて趣味じゃねえからな」
どうやら、芥にとってピッチングはあまり魅力的なものではないようだ。
構成員はそんな芥に構うことなく、ゆっくりと腕を振りかぶり、ボールを投げる。
"カキン!"
ツキが鮮やかにはじき返した。打球は一、二塁間を抜けて外野へ転がる。ツキが塁へ駆け込む。
フィールダーが追いかけるが、ツキの方が早かった。易々と出塁成功だ。
<彩葉ツキ>
「やった! 続いてよ!」
<千住百一太郎>
「おう、任せろ!」
その言葉通り、百一太郎が続いてレフト前にヒットを放つ。
進塁を賭けたバトルもあっさり制し、その間にツキがホームを踏んだ。
先制点。これでまずは0-1だ。
<青山カズキ>
「ナイスラン、ツキちゃん。この調子でいこう」
さらに曜が右中間へ。追加点が入り、0-2。
"カキン"
カズキが大きな当たりを飛ばした。
ベンチから見ていたえのきが思わず声を漏らす。
<雪谷えのき>
「わー、すごーい」
<轟英二>
「青山もなかなかに腕がいい…先ほどの小鬼にも見習ってほしいものだ」
<千住百一太郎>
「うっせえ! 補欠は黙ってろ!」
いつも通りの諍いだったが、それがかえって場を和ませた。
<千羽つる子>
「轟さん、プレーヤーの集中力を乱すことは控えてください!」
つる子が声を張り上げ、轟は少しだけバツの悪そうな顔を見せ、不機嫌そうにベンチに座り込んだ。
その後、運悪くアウトが続きチェンジとなったが、芥陣営はまたしても得点0。
トラッシュトライブは3回裏も着実に得点を積み上げた。
芥側の投手の24トライブの構成員は、圧倒的にXBに慣れていない。
フォームが固く、コースが偏っている。進塁バトルでも、経験豊富なトラッシュトライブに一方的にやられていた。
そして4回終了時点で、スコアは0-5。大きなリードだった。
だが、それでも曜の表情は晴れなかった。
<彩葉ツキ>
「結構いいかんじと思うけど…曜、なんか心配?」
<黒中曜>
「ああ、ちょっとな」
芥はまだ本気を出していない。打ち取ってはいるが、打ち取られながらちゃんと状況を見ている。
フォームを微調整し、投手の癖を読んでいるあの目が怖かった。