11話「贈り物」
――十四日目の昼下がり。
和室に一同が集まっていた。
ただし、えのきと西郷を除いて。
ふたりは相変わらず、くたばれ祭りのとき以外は、穴を深く掘ることに熱中していた。
<黒中曜>
「芥の動きに対して、有効な手はないか…
このままだと、いつ誰が死んでもおかしくない…」
昨晩、曜は芥を倒すと意気込んでいた。
しかし、悲しいことにその意気込みも虚しく、結果はいつもと同じ――いや、それ以上だった。
いつものように芥に執拗に狙われた曜を、花札が庇い、怪我を負ってしまった。
体を鍛えている花札だからこそ軽傷で済んだが、まだ体の幼い百一太郎やつる子が受けていたら、命に関わっていたかもしれない。
その事実に気づいた仲間達は、いつも以上に焦りを募らせていた。
<桜花札>
「あいつの動きに弱点はない。どこを突いても、さらりと避けられちまう…」
<青山カズキ>
「誘い込む、という手はどうだろう。
あいつが強者との戦いを求めてるなら、わざと隙を見せて動きを引き出して、その瞬間に集中攻撃を――」
<上野弥次郎兵衛>
「それも試みましたよ。
ですが、やっこさんは弱いふりを瞬時に見抜きましてねえ。三倍返しされちまいました」
<青山カズキ>
「あー…そうだったね…
僕としたことが忘れてたよ…」
カズキが顎に手を当て、ため息をつく。
<十条ミウ>
「もうわかってると思うけど、正面から戦って勝てる相手じゃないわ。別の角度が必要よ」
<Q>
「機先を制する、というのはどうだ。あちらが動く前に、こちらから仕掛ける」
<桜花札>
「あいつは常に動いてる。先手を取れる隙がない。
試すってんなら止めはしないがな、骨の一本や二本は折る覚悟がいるぜ?」
<千羽つる子>
「こう申し上げるのも心苦しいですが…今の状況では、攻略どころか消耗の一方です。行動するにしても慎重にしなければ」
<彩葉ツキ>
「つる子ちゃんの言うとおりだと思う。でもこのままでいるのも、ダメだよね」
<轟英二>
「ふん、貧乏人というのは発想も貧困なようだな。呆れて物も言えん」
<千住百一太郎>
「なんもアイデア出してねえおめえが言うんじゃねえよ!」
結局、誰の口からも決定的な一手は出なかった。
話し合いはぐるりと一周して、また同じところに戻る。
庭からは相変わらずスコップで土を掘る音が規則正しく響いてくる。
しばらくして、三田がゆっくりと顔を上げた。
<三田三太郎>
「なあ、上野」
名前を呼ばれた上野が穏やかな目で三田を見た。
<三田三太郎>
「お前、智将って言われてたろ? そして長いことこの街で芥を見てきた。
何か策はないのかよ」
責めている訳ではなかった。追い詰められた声の中に、縋るような色があった。
上野は少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
<上野弥次郎兵衛>
「あるといえばあるのですが…もう少し、時間が必要なんですよ」
<三田三太郎>
「時間って、どんくらいだ? てか、何を待ってんだ?」
<上野弥次郎兵衛>
「それは今は言えません。然るべきときが来たら、必ず話します」
三田が上野の顔を正面から見つめた。
上野はその視線を受け止めながら、静かに微笑んだ。
嘘をついている顔ではなかった。しかし、何かを隠してもいるようだ。
<三田三太郎>
「はあ、わかったよ。信じるからな」
短くそう言って、三田は視線を落とした。それ以上は追求する気がないようだ。
花札は腕を組んだまま天井を見上げていたが、その横顔にはどのような感情もなかった。
重い静けさが部屋に戻ってきたそのとき、皆のスマホが震えた。
曜が確認するとNINEの通知だった。送り主は、NEONだ。
<黒中曜>
「…こんなときに何の用だ?」
全員がわずかに身を乗り出し、メッセージを開く。
<NINE(NEON)>
「ごきげんよう。曜様、ならびにご友人の皆様。
我々はNEON。皆様と同じく、ゼロに仇なす者です。
タイトウシティの攻略に苦戦しているとの噂を耳にいたしました。
よろしければ、こちらをお使いください。
きっと、皆様のお役に立つはずです」
内容はそれだけだった。それが何の荷物かは書いていなかった。
<黒中曜>
「はあ…またコイツか…
本当にどこから俺達の情報を手に入れてるんだ?」
<彩葉ツキ>
「まあまあ…
私達の味方みたいだし、そこまで気持ち悪がるのはやめてあげようよ」
<黒中曜>
「でも、荷物ってどう受け取ればいいんだ?
NEONがどこにいるかなんて、俺達知らないし…」
<少女>
「ねえ、ハナー。ヤジー」
<桜花札>
「ん…? どうしたんだ?」
食料を分けていた少女のひとりが、突如、曜達のいる和室へと入ってきた。
少女は、大きなアタッシュケースをずるずると引きずりながら、花札の前まで運んでくる。
<少女>
「これ、渡してーって言われたの。
危ないものみたいだから気をつけてね、だって」
そう言い残すと、少女はアタッシュケースを置き、そのまま飛び出していった。
<千住百一太郎>
「なあ、もしかしてこれって…」
<小日向小石>
「うん…NEONからの荷物だろうね…」
アタッシュケースの蓋を開けると厳重に包まれた大きめのカプセルが一本、収まっていた。
透明な容器の中で、ほんのりと青みがかった液体が揺れている。
<上野弥次郎兵衛>
「これは、なんでしょうね…」
<アサガオ>
「まあ、今わかることは、ただの色付きの水じゃないってことだねぇ…」
一同がしげしげと液体を見つめると、またしてもNINEにメッセージが届いた。
<NINE(NEON)>
「お受け取りになられたようですね。
そちら、特殊な神経毒になりますので、是非お役立てください。
致死量はごく微量で、大型の動物ですら皮膚へ接触しただけで息絶えるほどの効果がございます。
芥塵の背後から挿し込むだけで、必ずや死に至らしめることができるでしょう」
<彩葉ツキ>
「――ッ!」
その場にいた全員が、猛毒を恐れ、一斉に後ずさる。
しかし、ジオウだけは恐れることなく、カプセルを手に取ると、真剣な眼差しでそれを見つめた。
<滝野川ジオウ>
「間違いない…これは象でも即死する。それだけの濃度だ」
<黒中曜>
「見ただけでそんなことがわかるのか?」
<滝野川ジオウ>
「ああ…そういう風に育てられるからな」
ジオウが何をしてきた人間かは、全員が知っていた。
だからこそ、それ以上の説明を求める者はいなかった。
沈黙の中、曜はもう一度NINEの画面に目を落とし、しばらく見ていた。
タイトウシティに来てから毎晩、誰かが傷を負っていた。
このままでは、いずれ本当に誰かが死ぬ。
曜はゆっくりと顔を上げた。
<黒中曜>
「使うしかないかもしれないな…」
<彩葉ツキ>
「…え? 曜、本気で言ってるの?」
そう尋ねるツキの目には、怯えの色があった。
だが、曜はそれに気づくことなく、言葉を紡いでいく。
<黒中曜>
「芥がいる限り、毎晩誰かが傷つくし、みんなも限界に近い。
このまま続けば、本当に死人が出るかもだろ? 芥はこれまで何人もの命を奪ってきた。それなら――」
その瞬間、張り詰めた声が場の空気を変えた。
<十条ミウ>
「やめて。そんな簡単に、人を殺すだなんて言わないで」
<黒中曜>
「ミウさん…でも、これしか俺達が生き延びる方法は――」
なおも言い縋る曜に対して、ミウは一歩も引くことなく言葉を返していく。
<十条ミウ>
「悪人だから死んでいい、なんて言葉で片付けることじゃないわ。
曜は知らないのよ。それが、何を意味するか」
ミウの声がわずかに震え、どんどん悲しげな感情が増していく。
<十条ミウ>
「私は人を手にかけながら生きてきた。それが正しいことだと思ってやっていた時期もあったわ。
でも今は違う。取り返しのつかないことをしてきたと…思ってる。
だからこそ、あなたたちに、同じ後悔をさせたくない。
たとえ相手が何をした人間であろうと命を奪うなんて、許されることじゃないの」
部屋の中は沈黙に包まれ、あまりの無音に耳が痛くなるようだった。
庭から土を掘る音がひとつだけ、ぽつりと響いた。
他の仲間達も、毒を使うことには反対のようだった。
ジオウ以外は皆、毒で芥を殺そうとする曜を、理解できないという目で見ていた。
<黒中曜>
「わかった…毒は使わないことにしよう…」
自分は間違っていない――なぜか曜の中には、その確信があった。
けれど、仲間の賛同を得られないまま毒を使えば、今後のXGに支障が出るかもしれない。
そう考えた曜は、自分の意思を押し通すのをやめた。
<青山カズキ>
「それじゃ、引き続き上野さんの策を待とう。
その間は今まで通り、しのぐしかない。いいね?」
<黒中曜>
「…わかった。もう少しだけ時間を稼ごう。
毎晩しのいで、上野さんの策が整うのを待とうじゃないか」
一同が頷くと、アサガオは立ち上がって、毒の入っている小箱を持った。
<アサガオ>
「使わないなら、あたしが処分しておくよ。
誰かが誤って触りでもしたら、取り返しがつかなくなるからね」
<上野弥次郎兵衛>
「ええ。それが一番ですね。
アサガオ、あなたはこの街に一番詳しい。誰にも見つからない場所で処分してきてください」
<アサガオ>
「ああ、言われなくてもそうするよ」
アサガオが小箱を手に取り、外へと向かう。
その足取りに迷いはない。
角を曲がったところで、人影と遭遇した。
<滝野川ジオウ>
「………………」
アサガオが屋敷を出たとき、そこにはまだジオウの姿があった。
なぜ自分より先に出ているはずのジオウが、そこにいるのかはわからない。
<アサガオ>
「なんで、あんたがここにいるんだい…?
邪魔だから、どきな」
警戒するアサガオの前を、ジオウは何事もないかのように横切り、そのまま去っていった。
<アサガオ>
「変な男だねぇ…」
アサガオは、人目を厳重に避けながら、人っ子ひとりいない山奥に小箱を埋めた。
本当は焼却炉で燃やそうとしたが、小石から毒が気化した場合、周囲に影響が出ると言われたため、やむなく埋めることにした。
――これでもう大丈夫だろう。
アサガオは、ひとまず安堵する。
だが――残念なことに、すでに小箱は入れ替わっていた。