10話「ビームバットの使い手」
――十三日目の夕方。
屋敷の縁側に、曜はひとりで座っていた。
膝の上に、ビームバットを横たえ、指でゆっくりと表面をなぞった。
<黒中曜>
「コイツは、あのゼロの放った紫の豪球さえ打ち返した…
ビームバットを使えば、きっと芥にも勝てる…でも…」
くたばれ祭りには、武器の使用は問題ない。
そのため、XBギアの使用も可能ではあったが、トラッシュトライブの多くは、XBを愛する若者達である。
防具として身を守ったり、身体能力を高める目的で使用することには抵抗はない。
しかし、それを武器として振るうことには、強い拒否感があった。
曜が思い悩んでいると、縁側の板がきしむ音がして、隣に誰かが腰を下ろした。
<桜花札>
「飯、ちゃんと食えてるか?」
花札は優しげに曜にそう問いかける。まるで、子を気遣う親のように。
<黒中曜>
「ああ、一応…」
<桜花札>
「そうか」
しばらく、ふたりは黙って庭を見ていた。
子どもたちの笑い声が、穴の方から聞こえてきて、花札がちらりとそちらを見た。
<桜花札>
「えのきと西郷って、毎日あの穴掘ってるんだな。くたばれ祭のとき以外ずっとか?」
<黒中曜>
「ああ…止めても、タイガさんに会うって言うから好きにさせようと思って…」
<桜花札>
「ハハッ、あの馬鹿弟子も隅に置けねぇな。
全く女っ気なんてねえと思ってたんだがな」
花札が小さく笑い、それから視線を落とした。
その先には曜の膝の上のビームバットがある。
<桜花札>
「…それってお前が自分で選んだのか」
<黒中曜>
「わからない、気づいたら持ってたんだ…」
花札がビームバットをしばらく見つめたあと、おもむろに口を開く。
<桜花札>
「知ってるか。ビームバットは特殊なギアだ。
扱いが難しい。ただ力があるだけじゃ、ちゃんと使えない。使いこなすには、長い修行がいる」
<黒中曜>
「そうなのか…」
曜は少し驚いた。自分がビームバットを使っていることに、そこまで特別な意味があるとは思っていなかった。
難しいと感じたことも、使いにくいと思ったこともなかった。ただ、手に馴染んでいた。
<桜花札>
「オレの知ってる中で、ビームバットを本当に使いこなせたのはひとりだけだ」
花札の声が、わずかに低くなった。
<黒中曜>
「それって、カズキさんのことか? それともQさんのことか?」
<桜花札>
「いや、違う。神谷…っていう野郎だ」
<黒中曜>
「神谷…?」
それは曜にとって初めて聞く名前だった。
首を傾げると、花札が少し目を細めた。
<桜花札>
「知らないか。まあ、そうだよな」
花札が立ち上がり、部屋の中に入っていく。
しばらくそのまま待っていると、戻ってきたその手に一枚の写真があった。
色が少し褪せた、古い写真のようだった。
<桜花札>
「神谷は、コイツだ」
十年ほど前の写真だろうか。
写真には、髭が生える前の花札ともうひとり、ビームバットを手にした銀色の髪をした少年が写っていた。
<黒中曜>
「この人って…」
曜は写真を見たまま、動けなかった。
その顔にどこか見覚えがある気がした。
いや、見覚えというより――
<黒中曜>
「あ、ミナトシティにあったお墓の人か…」
<桜花札>
「ああ。神谷瞬…ミナトトライブのリーダーだった男だ」
そのとき、頭の奥でかすかに何かが疼いた。
痛みというほどのものではない。だが確かに、何かが引っかかる感覚がした。
記憶の端をするりと何かがよぎったような気がした。
大事な記憶がすり抜けていくような――
<上野弥次郎兵衛>
「おや、こんなところで話していましたか」
庭のほうから上野が歩いてきた。そして縁側に並んで腰を下ろす。
<上野弥次郎兵衛>
「へえ…また珍しい写真を出してきましたね」
<桜花札>
「ああ…ちょうど神谷の話をしてたんだ」
<上野弥次郎兵衛>
「神谷さんのことは私も少し知っていますよ。
ハナと神谷さんは、かつて同じ師のもとで修行していたんです」
<黒中曜>
「同じ師?」
<桜花札>
「ああ…すっげー強ぇヤツがいるっていう噂を聞いて、弟子入りしたら、そこに同じく弟子入りした神谷がいたんだ」
<上野弥次郎兵衛>
「あのときのハナは、荒れてましたよね。
自分で弟子入りしたのに、よく脱走して…」
<桜花札>
「うっせー! 今はそんな話をしてるんじゃねぇ!」
<上野弥次郎兵衛>
「へいへい…とにかくビームバットは、威力がある分、本当に人を選ぶギアでしてね…
ハナは、大概の物をバットとして扱える天賦の才能があるのですが、ビームバットだけは駄目だったんですよ」
<黒中曜>
「え、花札さんでも?」
<上野弥次郎兵衛>
「まあ…ハナは、途中で逃げ出してしまったのもあるんですけど…
私が知っているビームバット使いは、五人だけです。
しかし、カズキさんも王次郎…いや、Qさんも扱えなくなってしまった今、使い手と呼べるのはたったふたりになってしまいましたね」
カズキは、利き手だった左腕を骨折して以降、うまく扱えなくなっているらしい。
Qは蘇ってからというもの、ビームバットの存在そのものを忘れているようだ。
そして神谷も、すでにこの世にはいない。
いまXBギアを扱えるのは、自分と、ミナトトライブの白金ハルだけだという。
<上野弥次郎兵衛>
「ビームバットを扱えるということは、それだけでXBプレーヤーとしての天性の才能があるといっても過言ではありません。
早く平穏を取り戻して、あなたとXBをしてみたいですね」
<黒中曜>
「俺も…ふたりとXBで戦ってみたいな」
過酷な戦いの中で生まれた、静かな願い。
体も心も消耗しきっていたが、それでも、上野の語る願いに耳を傾けるうちに、心の奥に灯火がともった。
<桜花札>
「じゃあ、決まりだな。
芥を倒したら、花火みたいにどデカいXBをしようぜ。
お前が勝っても、オレが勝っても、笑える戦いにしてやるからよ」
それだけ言って、花札は部屋の中に戻っていった。
曜はしばらくその背中を見ていた。
上野もそれに続くように立ち上がりかけて、ふと立ち止まった。
<上野弥次郎兵衛>
「最後にひとつだけ。芥は強い。
ですが、強さというのは必ずしも殺しの技術だけじゃないんですよ」
<黒中曜>
「…それって、どういうことだ?」
<上野弥次郎兵衛>
「あいつは今まで、勝つことのために戦ってきた人間じゃありません。
殺すことのために戦ってきたんです。それが、あいつの限界になるかもしれませんよ」
そう言って上野は縁側から庭に降りた。
<上野弥次郎兵衛>
「ゆっくり休んでください。今日もまた、長い夜になりますから」
足音が遠ざかっていく。
徐々に、夜が訪れる前の静けさが広がっていく。
そして――
<黒中曜>
「やるか…」
曜は立ち上がり、ビームバットを握り直した。
次の夜が来る前に体を動かしておかなければならない。
今度こそ、あの芥塵を倒すために。