16話「XB~VS芥②~」
5回表――
再び打席に立った芥は、またしても空振りを続け、あと1ストライクでアウトとなる。
芥は不機嫌そうに、その手にあるバットをまじまじと眺めていた。
<芥塵>
「ちょっと待て。このギア、なんかおかしくねえか。しっくり来ないんだよな」
<千住百一太郎>
「おかしくねえっての! お前の腕が悪いだけだろ!」
芥は百一太郎の言葉には反応せず、まっすぐ曜を見た。
そして少し黙った後、いいことを考えたと言わんばかりに表情を明るくする。
<芥塵>
「そうだ! なあ黒中、ちょっとお前のバット、貸してくれねえか?」
曜は動きを止め、まじまじと芥を見つめる。
<黒中曜>
「俺のビームバットを?」
<芥塵>
「おうよ。どう見てもそっちの方が使えそうだからな」
曜は少し考えた。ビームバットは扱いが難しい。ただ力があるだけではうまく使えない代物だ。
それに花札も言っていた、神谷でさえ長い時間をかけてようやく使いこなした、と。
力任せに振っても、制御できずに暴走させてしまうだけだろう。
<黒中曜>
「簡単に使いこなせるようなギアじゃない。
ビームバットは特殊だからな。どれだけ力があっても無意味なんだ」
だが、そう言われても芥はまるで諦める様子がない。
<芥塵>
「そんなのやってみなきゃわかんねえだろ! 文句を言う前に貸してみろ」
<上野弥次郎兵衛>
「やれやれ、まるでわんぱく小僧みたいな物言いじゃありませんか」
その後も、貸せ、いや貸さないという問答が繰り広げられ、痺れを切らしたタイガが遂には声を上げる。
<タイガ>
「あー、もう、いつまでゲームを止めんだよ! もう貸してやればいいんじゃねえか?」
<三田三太郎>
「…って言っても、曜のビームバットはひとつしかないだろ。どっから用意するんだ」
三田が呆れたように腕を組んだ。
そのとき、ゼロがコロコロと転がりながらマウンド上へと現れた。
<ゼロ>
「もー、仕方ないなあ。だったらぼくがなんとかしてあげるよ」
ゼロがひょいと手を振ると、どこからともなく、24トライブの構成員のひとりが進み出て、別のビームバットを芥に差し出した。
<芥塵>
「おっ、サンキューな。気が利くじゃねえか」
芥がビームバットを受け取り、重さを確かめるように、ゆっくりと握り直す。
それからバッターボックスに立ち、構えを作る。
上半身の力が自然に抜けていて、それがかえって嫌な予感をさせた。
<十条ミウ>
「まずい…あいつ、本能で重心の取り方を見つけてる…」
ミウが低く言った。その目は厳しく、嫌悪感に満ちていながらも芥から目を離すことができないようだった。
そして、次の瞬間。
"ドォンッ!"
芥がバットを一振りしただけで、辺りに激しい爆風が巻き起こった。
石畳が震え、提灯が大きく揺れる。ゼロが思わずよろめき、曜の足に抱き着いた。
<雪谷えのき>
「わわっ、すごい風ー。きもちー」
全身で風を浴びながら、清々しそうにそんなことを言っている。
<轟英二>
「嘘だろ!? ただの素振りでこれか!?」
バットの感触を確かめるように、ゆっくりと手の中で転がしている。
その目が徐々に細くなり、満足そうな輝きが満ちていく。
<芥塵>
「ほォ。こういうもんか。ほんじゃ、続きといこうぜ!」
<タイガ>
「よっしゃあ! 面白くなってきやがったな!」
そしてタイガは思いっきり腕を伸ばして振りかぶり、全力でボールを投げた。
どこからどう見ても最強の球だった。だが、芥のバットが唸る。
今度は先ほどのような暴れ方はしなかった。
的確に、ボールの芯を捉えた。
"カキーン!"
打球が一直線に、夜空の向こうまで飛んでいく。Qが全力で追いかけるが、追いつかない。
芥は悠々と塁を回り、ゆっくりとホームへと戻ってきた。
<桜花札>
「嘘だろ…」
花札はあまりのことにそれ以上の言葉が出なかった。
神谷でさえ長い時間をかけてようやく使いこなしたギアなのに。
それを、初めて握った人間が数秒で制御してみせた。
あの男の才能は底が見えなかった。十数日間の暴力の中で見てきた化け物が、XBフィールド上にも存在していた。
<千住百一太郎>
「マジか!? 一瞬でコツ掴みやがった!!」
<小日向小石>
「信じられない…今さっき受け取ったばかりなのに… 」
小石がベンチの中で頭を抱えている。その体は小刻みに震えているようだった。
<上野弥次郎兵衛>
「まさに化物…ですね…」
上野が低くつぶやいた。その声は純粋な驚きと、同時に苦々しさが混ざっていた。
XBプレーヤーとして才能溢れる者の誕生に立ち会えた喜びが、否応なく湧き上がってきたのかもしれない。
上野は芥からもう目を離すことができなかった。
そのとき、後ろから勢いよく声が上がる。
<タイガ>
「うっっっそ!! 今の見たか!!」
タイガがピッチャーマウンドで仁王立ちになり、目をこれ以上ないほど見開いていた。
<タイガ>
「やっべえ、やっべえぞあいつ!
ビームバット初めて握ってあんな打球飛ばすかよ! 才能が規格外すぎる! 天才だこれ!!」
<青山カズキ>
「あのさ、敵のやることにそんなに喜んでる場合なの?」
<タイガ>
「そういう問題じゃねぇだろ!
あの才能をこのまま埋もれさせるのはもったいねぇ! オレが全力でXBにハマらせてやりたいぜ!」
タイガは興奮のあまりわなわなと体を震わせていた。
<三田三太郎>
「今は試合中だろうが! のぼせてる場合じゃねえぞ!」
三田がタイガに素早く駆け寄り、頭を軽く叩いた。
<タイガ>
「うおっ、いてえな!」
曜はその様子を見ながら、思わず口元が緩みそうになった。
こんな状況でも、このふたりはいつも通りだった。
その回は芥以外の打者が振るわずチェンジとなった。
次の打席では、右中間に深い一打が飛んだ。
フィールダーがようやく追いついたが、その間に塁を二つ進まれた。
進塁バトルでも、芥は楽しそうにこなしていた。
<芥塵>
「XB、面白えな。完全に舐めてたぜ」
その声に、楽しさが混じっていた。殺しの技術として磨いてきた体が、今夜は別の目的のために動いている。
そのことに芥自身が気づいているのかどうかは、曜にはわからなかった。
スコアはみるみるうちに縮まっていく。24トライブの構成員も芥につられるように動きが良くなっていった。
7回を終えてスコアは3―5。まだリードしているが、先ほどまでの余裕は消えていた。
だが曜が何より驚いたのは、スコアよりも別のことだった。
試合が進むにつれて、芥の表情が変わっていた。
最初は物珍しそうに様子を窺っていたその目が、いつの間にか、純粋に試合を楽しんでいる目に変わっている。
バットを構えるたびに肩の力が抜けていき、打球が飛ぶたびに声が上がる。アウトになっても舌打ちではなく、満足そうに頷く。
これは、毎晩神輿の上で暴れていたときの芥ではない。もっと素直な、別の顔だった。
<芥塵>
「なあ、次の回も打てるよな?」
24トライブの構成員に向かって、芥がそう聞いていた。
構成員は無言だったが芥は気にした様子もなく、ビームバットをくるりと回した。
その横顔を塁を守りながらアサガオは興味深そうに眺めていた。腕を組んで、目を細めている。
<アサガオ>
「やれやれ、随分と楽しそうじゃないか」
小さな独り言だったが、曜の耳には届いた。曜はアサガオの目線の先を追った。
ビームバットをくるりと回しながら、次の回を待っている芥の背中。
その背中には、昨夜まで感じていた剣呑さがなかった。
曜はタイガが昨夜言っていた言葉を思い出した。
――殺しというのはな、一回やったら終わりなんだよ。XBは違う。
その言葉の意味を、今夜の芥が証明しつつあった。
そして8回表――
スコアは変わらず3―5。守備についていた上野と花札が、曜のもとへ歩み寄った。
<上野弥次郎兵衛>
「このままでは、そのうちひっくり返されますねえ。
回を追うごとにビームバットの扱いが洗練されてきてます」
<桜花札>
「わかってる。オレがなんとかする」
花札が静かに言った。その目には、ダイヤモンドのような硬い決意が宿っていた。
<上野弥次郎兵衛>
「ハナ、古傷は大丈夫ですか。長時間の運動は」
<桜花札>
「問題ない。それより頼む、ヤジ」
花札がちらりと上野を見る。
上野はわずかに目を細め、静かにうなずいた。
ふたりのあいだに交わされた短いやりとりを曜はじっと見ていた。
言葉を尽くさなくても通じるものがある。
長い時間をともに過ごしてきた人間同士の、そういうやりとりだった。
<黒中曜>
「頼む。ふたりなら、芥を止められると思う」
<上野弥次郎兵衛>
「ふふ、そう言ってもらえると張り合いが出ますねえ」
上野が穏やかに笑った。
24トライブ構成員を連続でアウトに打ち取り、打順が芥へ回ってきた。
芥はビームバットを肩に乗せながら、ゆったりとバッターボックスへ向かう。
タイガが投じた第一球に対して、芥がフルスイングする。
"カキーン!"
右中間を深く破る最長打だった。芥はゆったりした足取りで、挑発するかのように一塁を回り、二塁を狙う。
それを阻止せんと立ち向かったのは、花札だった。
<桜花札>
「止まれ、芥ァ!!」
花札が二塁ベース手前に正面から立ちふさがった。芥が足を緩める。ボールはすでに花札の手の中だ。
進塁を賭けたバトルが始まる。XBギアの使用は禁止。頼れるのは己の体だけ。
芥の口元に笑みが浮かんだ。
<芥塵>
「へえ、ようやく本気出してきたか」
<桜花札>
「黙れッ!」
花札は踏み込むと同時に拳を繰り出し、芥がそれを事もなげにかわす。
続けて連打、拳の雨を降らす。芥は一歩、二歩と後退するが倒れない。その余裕が、花札の目をさらに鋭くさせた。
そのまま芥が反撃に転じようとした、その瞬間。横から、上野が静かに滑り込んだ。
音もない動きだった。芥の重心を崩すような、小さく確かな一手。それが花札の連打と重なった。
体勢の乱れた芥に花札の一撃がクリーンヒットする。
"ドシン"
芥の大きな体が、ベース手前で膝をついた。
<芥塵>
「…っ、なんだこの動き。ふたりで来るとは聞いてなかったぞ!?」
<上野弥次郎兵衛>
「XBのフィールドでは、そういう取り決めは特にありませんのでねえ」
上野が涼しい顔でそう言った。花札はすでに立ち上がり、ゆっくりとボールを持った手で芥に触れた。
<桜花札>
「これでアウトだ」
芥が膝を突きながら、低く笑った。
<芥塵>
「ガッハッハッハッ! やられた! そういう手もあんのかよ!」
その声には腹立たしさも嘲りの色もなく、本当に気持ちよさそうにただ笑っていた。
花札がその笑い声を聞きながら、少しだけ表情を緩めた。上野がそれを見て、静かに微笑んだ。
<上野弥次郎兵衛>
「XBというのは、こういうものです。強いだけじゃ勝てない。
ひとりでも勝てないそこが、面白いんですよ」
芥はしばらく上野を見ていた。それから、ゆっくりと立ち上がった。
<芥塵>
「ああ、はっきりわかった。けど、それもいいな」
芥がベースの外へ歩き出す。その後ろ姿に、くたばれ祭りの最中に見せた退屈さはなかった。
曜はその背中を見ながら、静かに息を吐いた。
スコアは3―5のまま。
依然としてトラッシュトライブ陣営がリードしているが、これから何が起こるかわからない。
何しろ、相手はXBプレーヤーとしての才能を開花させつつある芥なのだから。
だが、こんな風にXBができてよかったと、曜は心の底からそう思った。
スコアは3―5。
9回表、最終回――芥チームの最後の攻撃が始まった。
ここを抑えればトラッシュトライブの勝ちだ。
逆転できなければ、芥の負けになる。
夜風が雷々門の提灯を揺らす。タイトウシティの夜は長い――だが、終わりはある。