17話「XB~VS芥③~」
<彩葉ツキ>
「…そろそろ、かな?」
<青山カズキ>
「うん、僕たちの勝ちだね」
ツキとカズキがそう話している声が聞こえてきたが、芥は気にしなかった。
すでに2アウト。バッターボックスに向かいながら空を見上げる。
その顔には焦りも怒りもなく、負けが見えていてもどこか清々しかった。
タイガがマウンドで芥を見る。投球モーションに入る前に、口を開いた。
<タイガ>
「なあ、芥。XBは面白かったか?」
その口調には、どこか親し気なものがあった。
久しぶりに会った旧友の様子を尋ねるような、そんな響きが。
芥はちらりとタイガに目を向け、バッターボックスに立ち、バットを構えた。
タイガを見返し、一拍置き、感慨深げに口を開く。
<芥塵>
「…ああ、これはいいものだな」
満面の笑みだった――勝つとか負けるとかは関係なく、ただ楽しんでいることがわかるような。
この試合を通して、何かが芥の中で変わったことは曜にもわかった。だが、試合はまだ終わっていない。
<タイガ>
「だろ。だからオレは、XBが好きなんだ」
腕を大きく振りかぶり、全力でボールを投げた。
第一球、アウトコース低め。
芥のバットは勢いよく振られたが、そのまま空を切る。
<千住百一太郎>
「よし、ストライク! このまま押し切れ!」
第二球、インハイ。
またしても空振り。これでツーストライク。
あと一球で、試合が終わる。
曜はキャッチャーポジションでサインを出し、タイガと目が合う。タイガが、深く息を吸い込んだ。
第三球を投じようとしたその瞬間。
笛の音が、聞こえた。
<上野弥次郎兵衛>
「ッ、最悪のタイミングですね」
<桜花札>
「無粋にもほどがあるぜ!」
遠く、裏通りの方角からなおも笛の音は続く。続いて打ち乱れる太鼓の音もだ。
腹の底に響くような、重く禍々しい祭り囃子だった。
曜は体が固まるのを感じた。もう何度も聞いたあの音だ。
<青山カズキ>
「タイガくん、早く投げるんだ!
試合を終わらせて、統治ルールさえ廃止すれば戦いは発生しない!」
だが、その言葉は一足遅かった。
芥のバットを持つ手が、止まった。ゆっくりと音がする方に顔を向け、それから正面に向き直る。
口の端が、じわりと持ち上がり、ニカッと笑った。
それはXBの試合中に浮かんでいた笑みとは、全く違う、剥き出しの獰猛な笑みだった。
<芥塵>
「そうだよな。やっぱり、コレなんだよな」
低く、静かな声だった。だがその言葉が、曜の背筋を凍らせた。
次の瞬間、芥の手からバットが落ちた。
<黒中曜>
「おい、試合を投げるのか!?」
<芥塵>
「ばーか、何言ってんだ。どれだけXBが楽しかろうが優先されるべきはこっちなんだよ!」
神輿を担いでいた若衆たちが夜の闇から現れ、神輿を運んでくる。
くたばれ祭りが再開される。芥は俊敏な動きでロープを掴み、闘技場の上に立つ。
<芥塵>
「さあ、かかってこいやあ!! こっからは殺るか殺されるかそれだけだ!」
<黒中曜>
「くそっ! もうちょっとだったのに、戦うしか、ないのか」
もう、覚悟を決めるしかなかった。トラッシュトライブと上野、花札、アサガオは覚悟と共に神輿に上がっていく。
"祭り囃子が鳴ってる間は殺しも許容される"というルールが、容赦なく頭に蘇った。
神輿の上に立つと、提灯の光が揺れていた。曜たちを囲む四方の柵。今日ばかりは絶対に逃げられない。
芥がリングの縁に立ち、一同を見渡した。
<芥塵>
「XBは楽しかったぜ。本当にな。だが祭囃子を聞いて気づいたんだ。
オレにはやっぱりこれなんだよっ!」
言い終わるやいなや、芥が素早く一歩踏み込んだ。
最初に狙われたのはアサガオだった。
アサガオは刀を構えた。その動きに迷いはなく、芥の突進を横に捌き、右腕をかわす。
一閃、芥の脇腹に一筋の傷が走った。だが芥は止まることなく前に出る。
アサガオが後退しながら連続で斬りつけ、傷がどんどん体に刻まれていく。
だが、それでも構わないという速度で芥が距離を詰めていく。
<アサガオ>
「…っ、この!」
次の一撃をかわし切れず、アサガオの体が横に弾かれた。柵に背中を打ちつけ、滑り落ちる。
なんとか起き上がろうとするも膝が笑っていた。刀を支えに体を起こそうとするが、そこまでだった。
<芥塵>
「悪くねえけど。ま、所詮、ここまでだったな」
そのまま芥はアサガオの体を空き缶のように気軽に蹴とばし、次の相手へと向かった。狙われたのは上野だった。
だが、上野は構えない。ただ静かに立ち、前を向いていた。芥が踏み込み、上野が一歩横へと、重心を崩す動きを見せる。
それだけで芥の拳はわずかに外れる。だが瞬時に繰り出された二撃目が腹へと入り、鈍い音がした。
<上野弥次郎兵衛>
「…っ! 容赦が…ありませんねえ…」
それだけ言いながら、上野はゆっくりと膝を突いた。
痛みをこらえて顔を上げ、それでも表情は変わらない。その落ち着きが、芥を少しだけ面白がらせた。
直後、花札が前に出た。芥を見据え、拳を構える。
その目にはタイトウシティで長い間堪えて来た何かから、ようやく解放されたような色があった。
<桜花札>
「オレが相手だ、芥ァ!」
<芥塵>
「おう、来いやあ! せいぜい楽しませてくれよ!?」
花札が踏み込み、全力の一撃を叩き込む。芥がそれを胸で受けて、一歩退く――それだけだった。
それでも、花札はそのまま畳み掛ける。連打、連打、また連打。芥の体が揺れる――だが倒れない。
古傷が痛むのか、花札の顔は苦し気に歪んでいた。ただ、それでも止まらなかった。
<桜花札>
「この! いい加減、くたばりやがれ!」
最後の一打を叩き込もうとした瞬間、芥が花札の腕を掴み、そのまま大きく投げた。
花札の体が宙に舞い、大きな音を立てながら柵に激突した。
<芥塵>
「いい拳だったぜ。最初からその力を出せてりゃ、いつかオレを倒せたかもな」
花札が倒れたまま、歯を食いしばった。それ以上は動けなかった。
三田が正面から突っ込んでいったが、芥はそれを笑いながら捌く。三田の腕を取り、すぐに地面に叩きつける。
<三田三太郎>
「っく、そ…コイツ…っ!」
<芥塵>
「ガッハッハッハッ! 骨があるのはわかったぜ!」
続いてQが無言で踏み込んだ。鋭い打撃が芥の顎、脇腹、首筋を正確に狙う。
どれも的確で、確かに急所に当たっていたはずだが、それでも芥を倒すには足りなかった。
そのまま芥はQの腕を掴み、体重をかけて押し倒した。
<彩葉ツキ>
「はああああああああああああ!!」
ツキが芥を狙って走り込んだ。身を低くして、脚を狙う。
だが、芥はそれを事もなげに跳んでかわし、着地と同時にツキの体を軽く弾く。
<彩葉ツキ>
「――ッ! ダメ…勝てない…」
ツキの悔しがる声は夜空に放たれ、そしてどこへも行けないまま消えていった。
そのまま、タイガが前に出た。
<タイガ>
「てめえ、ゲームを途中で放り出すとは何事だ!!」
包帯が巻かれた腕で、全力の拳を叩き込む。芥が驚いたように目を細める。
一発目が効いた。二発目も入った。三発目、芥の体が大きく揺れた。
<タイガ>
「お前、XBをやってたときあんなに楽しそうにしてたじゃねえか! それじゃ足りねえのかよ!!」
<芥塵>
「ああ、楽しかった。本当に。でもよ、やっぱこっちの方が、もっと楽しいんだよ」
芥がタイガの腕を取り、渾身の力で投げた。タイガの体が宙を飛び、神輿の端に叩きつけられる。
どさりと床に崩れ落ち、動かなくなった。
ミウが静かに前に出る。刃は持たず、手を前に構えて。
その目には、芥への憎しみと、何かに似た諦めが混ざっていた。
<十条ミウ>
「昔の私なら、あなたに立ち向かうなんて考えられなかったわ」
<芥塵>
「ん? どうして泣きそうな顔してんだ? とりあえず、寝てろや」
芥が乱雑に腕を振り、ミウの体が一瞬だけ揺れた。体が弾かれ、床に倒れ込む。
起き上がろうとするミウの前に、芥がしゃがみこみ優し気に語り掛ける。
<芥塵>
「おつかれ、もっと強くなれよ」
静かにそう言って、拳でミウの頭を打ち付け、そしてすぐに立ち上がった。
<芥塵>
「そんじゃ、残りもパパっと片付けてやるかあ!」
芥は快活にそう言い切り、残されたトラッシュトライブへと向かっていく。
カズキが、小石が、えのきが、西郷が、つる子が、轟が、なす術もなく蹂躙されていく様を曜はただ見ていることしかできなかった。
<芥塵>
「よっし! これで最後だな。せいぜい、足掻いてくれよ?」
そして、芥は曜をしっかりと見た。
神輿の上に立っているのは、もう曜だけだった。
全員が地に伏し、弱々しく呼吸をしていた。
あれだけの戦力が、あれだけの人数がいて、それでも芥には傷一つ負わせることができなかった。
曜の足は震えていた。ビームバットを握る手に、力が入らない。
芥がゆっくりと近づいてくる。その足音のひとつひとつが、恐ろしかった。
<芥塵>
「さあ、最後だ。黒中曜」
<黒中曜>
「………………」
蛇に睨まれた蛙のように、曜は動けなかった。
十数日間、何度も打ちのめされた相手だ。毎晩恐怖させられた相手だ。毒すらも無効化するような相手だ。全員を一方的に蹂躙した相手だ。
だが、その瞬間――頭の中で、何かスイッチが入ったような音がした。
ここで戦っているのは、タイトウシティの人たちを解放するためだ。
忌々しい統治ルールをなくすためだ。上野や花札と、本物のXBをするためだ。
曜は手の中のビームバットを見た。
こいつは、XBのための道具だ。XBプレーヤーの魂が宿ったギアだ。
本来ならば、人を攻撃するものに使用するものでもない。
それでも――曜はビームバットの出力を、最大まで上げた。
バットが熱を持ち、手に伝わる振動が心臓の鼓動と重なる。
芥が踏み込み、大きな拳が振り下ろされる。
曜はぎりぎりで横に逃げる。だが、完全に躱しきれておらず、腕に衝撃が走った。
すぐに次の一撃が来る。今度は頭を下げてくぐり抜けた。息が上がり、体が限界に近いことを報せる。
芥がわずかに目を細めた。
<芥塵>
「へえ…まだ動くか」
<黒中曜>
「当たり前だ!」
叫ぶ声が、夜に溶けていった。
曜の足が動き、距離を取った後、息を整える。
芥は素早く追ってきたが、今の曜には、はっきりと見えた。
芥は直線に、強く、速く、最短距離で向かってくる。それに合わせればいいと思った。
曜は足を踏み込み、バッターボックスに立つように体を据えた。ビームバットを両手で構え、腰を落とした。
来い――
迫りくる芥の巨体がまるでボールのように見える。速い。でかい。止まらない。
打ち抜け――
頭の中にそんな声が響いた気がして、思いっきりビームバットを振りぬく。
"ゴッッッ!!"
渾身の一振りが、芥に直撃した。轟音が夜の街に広がり、芥の体が大きく傾き、足が止まった。
曜はそのまま、もう一度踏み込んだ。膝が笑っていても、腕が痛くても。
殺せ――
また頭の中から声がした。うるさい。言われなくてもそうする。
もう一度、バットを振り、さらに深く急所を捉えたという手応えがあった。
"バキッッッッ!!"
大きな音がして、芥の体が神輿の床に崩れ落ち、提灯が激しく揺れた。