5章「最後の一撃は、おもたい」
タイトウシティ
※「???」は登場キャラのネタバレが含まれますのでご注意ください
1話「チュートリアル」
――数時間後。
<黒中曜>
「あれ…俺、いつの間に…」
疲れが溜まっていたのだろう。
日が完全に昇ってからカズキ達に連絡をしようとしていた曜だったが、すっかり寝落ちていた。
周りを見渡すと、どうやら他のみんなも同じ様子だった。
ソファーに座ったまま、眠りこけている。
<四谷ヒカル>
「あっ、曜くん。ちょうどいいタイミングで起きたね」
<三田三太郎>
「ヒカルと一緒にメシを作ったんだ。
温かいうちに食わせてぇから、みんなを起こすのを手伝ってくれ」
<黒中曜>
「…あ、あぁ」
狭い事務所の中には、焼き立てのトーストと淹れたてのコーヒーの香りが満ちている。
曜はゆっくりと立ち上がり、軽く体を伸ばした。
先ほどよりも頭がはっきりしてきたのか、とあることに気づく。
<黒中曜>
「もしかして、ふたりとも…一睡もしていないのか…?」
<四谷ヒカル>
「うん…他にもなかなか寝付けない子はいたんだけど、ボク達だけは本当に眠れなくて…」
<三田三太郎>
「だから、ふたりで買い出しに行って、メシを作ってたってわけよ」
ヒカルと三田の目の下には、薄っすらとクマがあった。
ヒカルは最愛の人"ルミ"を亡くし、三田は仲間の"タイガ"が亡くなったかもしれないという話を聞いたばかり。
一睡もできなかったのも、無理はない。
<黒中曜>
「悪い…
俺、ふたりの気持ちがわかるはずなのに眠ってしまって…」
曜も大事な幼馴染みの"彗"を亡くしている。
ふたりの気持ちは痛いほどわかるはずなのに、何もフォローせずに寝てしまった自分の無神経さに苛立ちを感じる。
<三田三太郎>
「ばーか。そんな風に気遣いされるほうが困るって。
それに俺は、タイガが死んだなんて信じてねぇからな。
アイツは、しぶといヤツなんだ。ぜってー生きてるに決まってる」
<四谷ヒカル>
「ボクは…るーちゃんと永遠のお別れをしたとは思ってない…。
トラッシュトライブのみんなとゼロに勝って、もう一度、るーちゃんと再会するんだ」
<黒中曜>
「ふたりとも…」
ふたりの目は、涙で潤んでいる。
それでも一粒の涙も零さず、ただ前を見据えるその瞳には、自分の信じるものを一切疑わない強い信念が宿っていた。
――強い人達だ。これ以上、自分が心配する必要はない。
曜は心の中でそう呟き、ふたりに対して、強さとともに頼もしさを感じた。
<三田三太郎>
「ほら、この話はこれで終わりだ! さっさとみんなを起こすのを手伝え!」
<黒中曜>
「ああ…」
そうして3人は手分けして、寝ている他のメンバー達を起こしていった。
中には寝起きが悪く、起こすのに手間取る者もいたが、30分後には全員が席についた。
テーブルには、トーストとコーヒーだけではなく、目玉焼きにウインナー。
サラダにフルーツとなかなか食べ応えがあるものだった。
<彩葉ツキ>
「うーん、三田さんとヒカルさんの作ってくれた朝ごはんおいしい~♪」
<小日向小石>
「朝ごはんっていう時間ではないけど…
栄養バランスもしっかり考えられててすごいよ」
<黒中曜>
「ああ、それに…なんといっても"アレ"がすごいよな」
そう言って曜達が横を見ると、えのきの前にはとんでもない量のパンの耳が山のように積まれていた。
えのきは満面の笑みで、それを次々と呑み込むように食べている。
よく見ると、砂糖がかけられており、何もつけなくてもおいしく食べられるよう工夫されていた。
<三田三太郎>
「ふふ…これぞ、腹ペコ怪獣えのき対策だ。
コイツは、味より量だからな。だから、数軒のパン屋を巡って、大量のパンの耳をもらってきたってわけよ」
<秋葉市之助>
「さすが、三田殿…
古い付き合いなだけあって、えのき殿のことをわかっておるな」
<秋葉ひなぎく>
「うちも今度から真似させてもらうお!
じゃないと、どんなにお金があっても足りないんだにゃ…」
<三田三太郎>
「ははっ! いくらでも真似してくれていいぜ!
他にも、コイツの腹を満たす安い技がたくさん――」
<雪谷えのき>
「三田ー! おかわりー!」
<三田三太郎>
「はぁ!? あんなに用意したのに、全部食っちまったのかよ!?」
自信満々だった三田だが、ほんの少し目を離した隙に、えのきはあれほど用意されていたパンの耳を完食していた。
そして三田に向けて大きな皿を掲げ、堂々とおかわりを要求する。
その様子に、周りの面々はくすくすと笑い始めた。
<落愛夜宵>
「ぷ…っ。えのきちゃんの胃袋、底なし…」
<落愛日和>
「ほんと、見ていて気持ちいい食べっぷりね」
<雪谷えのき>
「はやくーはやくー! はやくおかわり、ちょうだい!」
<三田三太郎>
「そう言われても、出したので全部だよ!
材料もねぇから、もう何も作れないぞ!」
<雪谷えのき>
「えー、もうちょっとで満腹になりそうなのに~…」
しょんぼりとした顔で、食べかすしか残っていない皿を見つめるえのき。
最初は皿だけを見ていたが、気づけばまだ食事をしているメンバー達の皿へと視線を移し、よだれを垂らしながら物欲しげに見つめている。
曜は自分の分を差し出そうかと迷っていたが、そのときジオウが立ち上がり、自分の分の食事をえのきの前に置いた。
<滝野川ジオウ>
「…やる」
<雪谷えのき>
「やったー! いっただきまーす!」
<三田三太郎>
「オイ、ジオウ。お前、一口も食ってねーじゃねえか。
それをえのきにやるなんて…」
<十条ミウ>
「…そうよ。私のを分けてあげるから、少しは食べないと。
じゃないと倒れてしまうわ」
三田の指摘通り、えのきに渡された食事は一口も手をつけられていないものだった。
ミウはジオウを心配し、自分の分のトーストを半分に分けて渡そうとするが――
<滝野川ジオウ>
「…何が入っているのかわからないものを食う気はしない。
食事は自分で用意する。だから、俺の分は用意しなくていい」
そう言って、ジオウは冷めた目で返した。
<彩葉ツキ>
「嘘…。いつものジオウさんなら、喜んで受け取るはずなのに…」
<西郷ロク>
「まるで別の人間みたいだな…」
そう――いつもの、ミウのことが大好きでたまらない"ジオウ"であれば、彼女の施しを喜んで受けていたはずだ。
しかし、"今の"ジオウは、自分達の知らない人物のように、笑みひとつ見せない冷酷な存在となっていた。
<黒中曜>
「なあ…こんなことを言うのは失礼かもしれないけど…もしかして本当に、よく似た別人とか…」
曜は、ふと頭をよぎった考えを、そのまま口にした。
他のメンバー達も、同じことを考えていたのだろう。
脳天気なえのき以外は、その真偽を判断できるミウへと視線を向けた。
<十条ミウ>
「いいえ…曜達は見慣れないかもしれないけど、彼はジオウで間違いないわ…」
<四谷ヒカル>
「ジオウくんを一番知っているミウちゃんがそう言うなら間違いないね」
<黒中曜>
「ああ…そうだよな…。ごめん、変なことを言って…」
<十条ミウ>
「いいのよ。あなた達がそう思うのは、当然のことだから」
ミウは、謝罪する曜に対して、泣きそうになるのをこらえながらも微笑んだ。
その様子を見て曜は、このジオウの豹変ぶりに、ミウ自身もひどく混乱しているのだと悟った。
食事も一段落して、みんなでテーブルの上を片付けていると、全員のスマホが一斉に鳴り始めた。
音もエフェクトも、これまで聞いたことのないものだった。
皆が顔を見合わせ、スマホを取り出す。画面には、派手な演出とともに一行の文字が躍っていた。
<画面に表示されている文字>
「チュートリアルクリア、おめでとう!」
<彩葉ツキ>
「え? なにこれ…」
<小日向小石>
「チュートリアルって、なんのことだろう…」
室内を空白のような沈黙が支配した。
その静けさを割るように、空間がぐにゃりと歪む。
黒い穴がぽっかりと開き、ひょっこりとブサイクなぬいぐるみが顔を出した。
<ゼロ>
「やっほー! 改めてチュートリアルクリアおめでとう! ぼく、感動しちゃった!」
<黒中曜>
「ゼロ! お前、なんでここに…」
曜の声に場の空気が瞬時に張り詰める。
<ゼロ>
「まあまあ、落ち着いてよ。きみたちにとって良い話なんだからさ!」
<黒中曜>
「チュートリアル、と言ったな。どういうことだ?」
<ゼロ>
「あー、ぼく、一ノ瀬くんのときにチュートリアルって言ったけど…よくよく考えれば、一ノ瀬くんって雑魚だったじゃん?
だから、チュートリアルとして不十分だったなーと思って、考え直したの!
で、今回、曜くん達は他にもナンバーズを3人も倒したから、チュートリアルクリアってこと!」
<十条ミウ>
「…つまり、ここまでの戦いはすべて、準備段階だったと言いたいわけ?」
<ゼロ>
「その通り! 本編はここからだよ。ゲームはいよいよ面白くなっていくからね!」
盛り上がるゼロとは対照的に、曜達は"今までのすべてがチュートリアルだった"と言われたことで、心臓を掴まれたような恐ろしさを覚えた。
これまでのXGも、決して楽に勝ってきたわけではない。
いつ負けるかもしれないという恐怖と、常に隣り合わせだった。
――それなのに、本編はここからだという。
つまり、ここから先は、今までとは比べものにならないほど過酷なものになるのかもしれない。
その事実に、曜達は気が遠くなりそうになった。
<ゼロ>
「あー、そんなに心配しなくてもいいよ。
一応、チュートリアルクリアのごほうびとして、地下に置いてあるゲートの人数制限、全シティまとめて解除してあげる。
もちろん、出入り自由になるのは、今まで通りそのシティにいるナンバーズを倒したらだけどねー」
<黒中曜>
「…! ということは、別のシティに残っていた仲間達も、ここに来られるということか!」
<ゼロ>
「そういうこと。本番のゲームをやるなら、きみたちにちゃんと動ける環境が必要だからね。
じゃあ、そんなかんじでよろしくね! 楽しみにしてるよ!」
陽気な声とともに、黒い穴は静かに閉じた。
<黒中曜>
「話の内容はともかく、あのゲートの人数制限が解除されたのは助かった…」
<西郷ロク>
「ああ…あのゲートのせいで、まとめて動くことができなかったからな…」
<彩葉ツキ>
「すぐにみんなにも説明して、ここに来てもらおうよ!」
<黒中曜>
「ああ、そうだな」
そしてすぐにNINEを開き、先ほどゼロから説明されたことを伝えていく。
数時間後には皆とまた会える。曜はそのことに安心感を覚えた。
<四谷ヒカル>
「早くもボク達があげたアジトの出番だね」
<落愛日和>
「ええ。でも、案内がないと迷ってしまうと思うわ」
<落愛夜宵>
「シンジュク洞窟の入口で待ち合わせるのが吉…」
<黒中曜>
「そうだよな。みんなにもそう伝える」
曜はNINEにメッセージを打ち込み、皆からは了解という返事がすぐに届いた。
それから数時間後、アジトがあるシンジュク洞窟の前で待機する曜たちの元に、カズキ、Q、才蔵がやってきた。