18話「祭りの終わり」
<芥塵>
「ああ――やるじゃねえか。楽し、かった、ぜ」
それだけを言い、芥は息絶えた。
誰がどう見ても、完全で完璧なる死が彼にもたらされた。
その死に顔は穏やかで、心から満足しているであろうと推察できる。
誰かがヒッと小さく叫んだ。その声で、曜は目が覚めたような気分になった。
手の中のビームバットをしげしげと眺める。なんだか、いつもより重く感じられた。
このギアはXBのための道具だ。XBプレーヤーの魂が宿ったギアだ。
なのに――それを使って、人を、殺した。
<黒中曜>
「………………」
声が出なかった。
周囲はまだ静かなままだった。気づけば祭り囃子も止んでいた。若衆たちが神輿を担ぎ、どこかへ消えていく。
誰かが起き上がっている音が聞こえ、体を引きずる音が続いた。
茫然としたままの曜の体を誰かの影が覆う。
顔を上げるとそこにいたのはミウだった。そのまま、静かに抱きしめた。傷だらけの腕が、曜の背中に回る。
何も言わなかった。しばらく、そのままだった。それから、ミウは曜の耳元で低く静かに言った。
<十条ミウ>
「あいつは、私が殺すべきだった。だけど、できなかった…
嫌なことをさせてごめんなさい…それと、ありがとう…」
曜は何も返せなかった。何かを言うべきだと思い、言葉は探していた。
だが、すぐに空間がぐにゃりと歪み、黒い穴が開き、ぬいぐるみ姿のゼロが現れた。
<ゼロ>
「うーん、思わぬ幕切れってやつだね。まあでも、見てて面白かったよ」
ゼロが軽い声で言ったが、それに応じようとする者はいなかった。
<ゼロ>
「ま、みんなもボロボロみたいだし、統治ルールは廃止にして代わりにXBにしといてあげるね」
本来なら諸手を挙げて喜ぶべきはずのことだった。
だが、誰にも勝利の感慨はなかった。
自分たちのやってきたことは、本当に正しかったのか? 誰もが、そう思っているようだった。
そんな中、上野が痛みをこらえながら体を起こした。
<上野弥次郎兵衛>
「ゼロ。ひとつ聞かせてください。芥はまた蘇るんですかね?」
ゼロが少しだけ黙り、首を傾げる。
<上野弥次郎兵衛>
「ほら、あいつがまた蘇って戻ってくるようなら、元の木阿弥でしょう?
今回の勝利も意味がなくなっちまいます」
<ゼロ>
「あー、まあ、そうだよね。でも、ぼくに言われてもってところなんだけどね」
<三田三太郎>
「は? 蘇らせたのはお前だろ?」
<ゼロ>
「いや違うから。あんなめんどくさい人、いちいち復活させないし」
<彩葉ツキ>
「え…そんな、嘘でしょ? だって、ゼロ以外に人を蘇らせることなんて…」
皆に衝撃が走った。それならば、芥を蘇らせたのはいったい誰だと言うのだろうか?
ゼロはそんな一同に構うことなく、ぼそりと独り言のようにつぶやいた。
<ゼロ>
「――やっぱアイツらのせいか。これ以上、余計なことをさせられないな」
"アイツら"という言葉が、引っかかった。
曜は問いかけようとしたが、ゼロは振り返ることなく黒い穴の中に消えていく。
後に残ったのは、戦いを終えて傷つき、疲れ切った者たちだけだ。
皆が呻き声をあげながらなんとか立ち上がり、ひとまず屋敷に戻ろうということになった。
"アイツら"とは誰なのかが気になったが、今、必要なのは休息だった。
<青山カズキ>
「とにかく、今夜はもう休もう」
カズキの声は静かだったが、その目に戦いを終えた安堵があった。
屋敷に戻ると、皆が思い思いの場所に倒れ込んだ。
小石が片っ端から傷の手当てを始め、包帯を巻く音が部屋に満ちた。
<雪谷えのき>
「みんなおつかれー、さすがにつかれたねー」
ごろごろと転がりながら言ったその声は妙に柔らかく、つる子がくすりと笑った。
<千住百一太郎>
「いてて…とりあえず、なんとか終わってよかったよな」
曜のことを横目で見ながら、おずおずとそんなことを言う。
<三田三太郎>
「ああ…誰かがやらなきゃいけないことだったんだ…」
まさか、曜が芥を殺すことになるとは誰も思っていなかったのは確かだろう。
しかし、それを責める者は誰もいなかった。
曜は縁側に腰を下ろし、ビームバットを見ていた。
芥は倒した。タイトウシティも統治ルールから解放された。
上野も花札も、住民たちも、もうくたばれ祭りに参加しなくていい。
それは正しいことだったはずだ。
それなのに――
殺した瞬間の感触が、まだ手に残っていた。芥の急所を捉え、命を奪ったときの、あの感触が。
そして、そのとき自分の中で確かに何かが昂っていたことを曜は知っていた。
怒りでもなく、恐怖でもない。もっと原初的な、昂り。
あれこそが本当の自分なのだろうか?
記憶がないから、何者かもわからない。それでも、人を殺めた瞬間に高揚した自分は、一体何なのか。
考えれば考えるほど、寒気がした。
<彩葉ツキ>
「曜、大丈夫? 傷は見てもらった?」
ツキが隣に腰を下ろし、心配そうに曜の顔を覗き込んだ。
<黒中曜>
「大丈夫だ」
<彩葉ツキ>
「嘘。全然大丈夫そうじゃないよ。なんかすごく怖い顔してるし」
<黒中曜>
「傷が痛いだけだ。先に休んでくれ」
ツキはそれでも曜の顔をしばらく見ていた。何か言いたそうで、でも言葉にならないような顔をしている。
それからゆっくりと立ち上がり、部屋の中へ戻っていった。
曜が庭を見ると、月が静かに辺りを照らしていた。
えのきが掘った穴は、今はもうただの穴だった。明日からも子どもたちの遊び場所になるだろう。
そんな当たり前の日常を思い浮かべ、曜の口元に笑みが浮かぶ。
だが、同時に芥を殺した非日常感も否応なく浮かんでくる。
あの高揚は誰にも言えない。言えるわけがなかった。
曜は手を伸ばし、空に浮かぶ月に手の平を透かしてみる。
薄く淡いその光が指し示す先がどこに繋がっているのか、それは誰にもわからなかった。
【トライブナイン 第5章 END】
執筆者:クロノゲート