14話「解放運動」
"作業員入口"と書かれた扉を開ける。
どうやら、先ほどの騒ぎで見張りはすべて片付けたらしく、本来なら扉の内側を守っていたであろう人影は見当たらない。
すぐに作業場へ繋がっているわけではなく、まず目に入ったのは事務室と思しき部屋だった。
だが、そう遠くない場所から作業音が響いている。
少なくとも、工場内部へ侵入出来たことは間違いないだろう。
カズキは事務室の扉を勢いよく開いた。
――だが、中はもぬけの殻だった。
書類がいくらか散乱しているものの、並んでいるのは専門用語ばかりで、曜達には何が書かれているのか理解出来ない。
そんな中、カズキは監視カメラの映像を映していたと思われるモニターを見つけると、すぐさま操作を始めた。
<青山カズキ>
「なるほど…どうやら、園田はここにはいないようだね」
<千住百一太郎>
「あん? なんでそんなこと断言できんだよ」
<青山カズキ>
「ほら、見てごらん」
古いカメラとモニターを使っているせいか、画質は粗く、顔までははっきり判別出来ない。
だが、特徴的なミリタリーパーカーに、口元を覆うガスマスク。
さらに無造作に伸びた白髪を見れば、それが誰なのかは明白だった。
――十中八九、園田不兆だ。
そして映像には、その園田が車へ乗り込み、工場を離れていく様子が映し出されていた。
<有栖川さおり>
「嘘…入れ違いだったの…!」
<轟英二>
「どうする? すぐにでも追うか?」
<滝野川ジオウ>
「手がかりもなしにどう追っていくつもりだ…。
入れ違いとはいえ向こうはもう一時間も前に出てるんだ」
<十条ミウ>
「ひとまずは、この工場の探索を続けるべきね。
この工場が園田にとってどういう場所なのか。トゥーキョー社と関わりがあるのか。
…もし関わっているなら、どんな形で繋がっているのかも確認したいわ」
<黒中曜>
「ああ、そうだな…」
一同はさらに工場の奥へと進んでいく。
受付らしき場所を抜けた先には、巨大な作業場が広がっていた。
作業場の中は、フルで稼働しているようで、旋盤が回る甲高い音。金属を押し潰すようなプレス音。
耳障りな駆動音の数々が絶え間なく響き渡っている。
その凄まじい騒音のせいなのだろう。
工場の正門が旭川の暴走車に突破されたことに、工員達は誰ひとりとして気付いていない様子だった。
<工員A>
「おい、あんたら。新入りか?」
<黒中曜>
「え、いや、俺達は――」
<千羽つる子>
「そう、そうなんです! 園田さんにご紹介いただきまして…」
曜の言葉を遮るように、つる子が工員の話に合わせる。
工員達は、まだ外で起きていたことに気付いていない。
ならば、ここでトラッシュトライブが園田と敵対していることを明かすより、新入りを装って情報を引き出した方が得策――そう判断したのだろう。
曜はつる子の意図を察し、口をつぐんだ。
<工員A>
「はっ! 園田"さん"ね
残念だが、ここは園田の言ったような場所じゃないぜ。
あんたらもすぐに園田を恨むことになるだろうさ」
<黒中曜>
「どういう意味だ…?」
<工員A>
「園田にどんな条件を出されたか覚えてるか?
覚えてるなら、さっさと言いな」
<大門愛海>
「収入はそれなりだけど、寮があって、食事も出るって話だったんだけど…」
曜達には聞き覚えのない条件だった。
おそらく、有栖川と愛海が調査を進める中で掴んだ情報なのだろう。
食事と寝床が保証されている――
それだけでも、このオオタシティでは破格の労働条件と言えた。
<工員A>
「ははぁ、やっぱりか。
安心しな、園田は嘘はついてねえ。たしかに寮も食事も支給されるぜ」
<小日向小石>
「それでも恨む…ということは何かほかに問題が…?」
<工員A>
「別に…簡単な話だ。寮も食事もゴミみてえなもんってだけのことだ。
18時間労働、もちろん休みなんてありゃしねえ。
休める場所は"寮"なんて呼ばれちゃいるが、実態はタコ部屋だ。ムサい男達がぎゅうぎゅう詰めになって、なんとか横になってるだけ。
風呂は1週間に1度、水のシャワーだけ。食事は毎日味気ないブロック飯だ」
想像以上に劣悪な環境に、トラッシュトライブの面々は思わず言葉を失う。
<彩葉ツキ>
「で、でも…給料は、ちゃんと出てるんだよね…?」
<工員A>
「おうよ、それだけは園田の言うとおりだぜ…額面はな」
<轟英二>
「額面? 手取りはどうなってる?」
<工員A>
「寮費、食費、入浴費、光熱費、管理費、組合費…その他もろもろ差っ引かれて、手元に残るのは聞かされてた額の5パーセントってとこだ。
しかも、その5パーセントも最初の半年は園田への紹介料で丸ごと持っていかれる。
つまり、新入りは半年タダ働きってわけだ。
ああ、ついでに言うと組合のリーダーは園田だからな」
<有栖川さおり>
「はあ!? そんなの許されるワケないでしょ!」
<工員A>
「許されようと、許されまいと、ここで働くしかねえのさ。
あんたらも見ただろ、外じゃガチガチに武装した見張りがうようよしてやがる。
ほら、あそこで座って作業してるやつ見えるか?」
工員が指さした先では、ひとりの男が椅子に座り、旋盤を操作していた。
虚ろな目。やせこけた頬――
それだけでも十分に痛々しかったが、何より目を引いたのは男の両足だった。
一見すると長ズボンをはいているに見える。
しかし、よく見れば男がはいているのは短パンだった。
膝から下を覆っていた"ズボン"の正体は、油汚れにまみれたギプスだったのだ。
<黒中曜>
「足を…怪我しているのか? そんなにここの作業は過酷なのか…」
<工員A>
「たしかに、ここの作業は過酷だが、作業中に怪我するとしたら、まあ指がなくなるとかだ」
平然と言っているあたり、誰かの指が飛ぶ程度の事故は日常茶飯事なのだろう。
それだけでも、この工場にまともな安全管理など存在しないことがわかる。
だが、男が負っている怪我は足だった。
少なくとも、旋盤作業中の事故ではない。
<工員A>
「一週間前だったかな。あんたらと同じように、新入りとしてあいつも入ってきた。
そして、あんたらと同じように、この工場の真実を知った。
だがその事実がよっぽど気に食わなかったらしい。
俺達が止めてやったにも関わらず、あいつはこの工場から脱走しようとしたのさ」
<小日向小石>
「まあ、そうなってもおかしくないね…」
<工員A>
「けど、見張り達もそう甘かねえ。
夜闇にまぎれて正門を抜けようとしたみたいだが、あっさり捕まっちまってな、その後は袋叩きだ。
悲鳴がうるさくて寮にまで聞こえてきたぜ。
てっきり死んだかと思ったが、貴重な作業員を減らすわけにもいかねえんだろう。
やつらも慈悲深いもんだ。両足の骨をキッチリ折ったが、腕は無事だった。翌日には作業に戻されてたぜ。
足が動かなくても作業はできるが、腕は作業に必要だからな」
<彩葉ツキ>
「そんな…ひどい…」
<黒中曜>
「………………」
工員の言葉に苛立ちを滲ませた曜は、近くの大型機械によじ登る。
そして、作業場の中央――誰の目にもつく場所へ立った。
<工員B>
「なんだアイツ…新入りか?」
<工員C>
「あぶねーぞ、降りろ若造!」
曜は工場全体を見渡すと、珍しく声を張り上げる。
<黒中曜>
「みんな、聞いてくれ!」
突然響いた大声に、工員達は作業の手を止め、一斉に曜の方を振り返った。
<黒中曜>
「俺達はトラッシュトライブ! 園田の敵だ!
工場の外にいた見張りは俺達が全員倒した!
ここから逃げたいのなら、今がチャンスだ! それとも、一生園田の奴隷で終わるのか!
外への扉は開いている、さあ! 出るなら今だ!」
曜の演説は短いものだったが、その言葉は工員達を動かすには十分だった。
ひとりが恐る恐る外への扉へと近づく。
工場から出たいという気持ちと、これもまた園田の罠かもしれないという気持ちがせめぎ合っているのだろう。
その最初のひとりにすぐ続く者も、止める者もいなかった。
<工員D>
「本当だ…本当に見張りどもがやられてやがる!」
外に出た工員のその声を聞き、今度は我先にと工員達が一斉に外へと駆け出した。
<工員A>
「自由だ…! 本当に自由だ…!」
<工員B>
「シャバだ! シャバに出れるぞ!!」
その後も蜂の巣をつついたように、工場から次々と人が出ていく。
先ほど足を折られたと説明された男も、別の工員に背負われながら工場を出ていった。
ものの数分で、工場に残されたのはトラッシュトライブのメンバーだけとなった。