5話「施し」
園田についていく形で数十分歩くと、大きな倉庫のような場所についた。
どうやら、ここが元オオタトライブのアジトのようだ。
<雪谷えのき>
「わー、懐かしい!」
<園田不兆>
「どうぞ、くつろいでいてください。今、お茶を入れますから」
そういうと園田はどこからともなく、紙コップを取り出した。
くつろげという言葉で改めてアジトを見回してみる。
すると、アジトの中は、街中を漂っていたすえた臭いや、ゴミはない。
オオタシティという全体からすれば、整っていると言っても差し支えないだろう。
<黒中曜>
「意外だな…もっと汚れているかと思ったけど…」
<千羽つる子>
「本当ですね…。
オオタトライブの皆さんは意外と綺麗好きだったんですか?」
<西郷ロク>
「いや、以前はもっとオオタだった」
<小日向小石>
「オオタだった…?」
<雪谷えのき>
「ゴミいっぱいだったし、ねずみもゴロゴロ! 虫もうじゃじゃじゃだったもんね!」
<千住百一太郎>
「てことは、もしかして園田が片付けたのか…?」
<園田不兆>
「ええ、私ひとりなら汚くても構わなかったのですが、ここに出入りする方もいらっしゃいますので…」
<雪谷えのき>
「出入りって? 清死郎とか旭川とか?」
<園田不兆>
「まあ、すぐにわかりますよ…。
それよりも、お茶を用意しましたので、温かいうちに召し上がってください」
いつの間に用意したのか、園田はそのへんの段ボールに人数分のお茶を置いた。
<小日向小石>
「ああ、ありが――うぐっ!?」
先にお茶を配られた小石が口元に茶を近づけると、顔を強くしかめた。
<黒中曜>
「どうしたんだ、小石――ぐっ!?」
曜もお茶を口元まで運んだところで、得も言われぬ腐臭が鼻を突きさす。
改めて紙コップの中身を見てみると、色は緑だが、よくよく見るとコケだと思われる物体が浮いている。
<雪谷えのき>
「やっぱ、お茶っていえば"コケ茶"だよねー!」
<西郷ロク>
「ああ、他の茶は何か物足りん」
曜達の反応を意にも介さず、えのきと西郷は平然と茶を口にしていた。
えのきがなんでも口にすることは知っていたが、これを茶として飲むことにはさすがの曜も動揺を隠せない。
<滝野川ジオウ>
「…よくそんなものを飲めるな」
<雪谷えのき>
「けっこーおいしいよー?」
<西郷ロク>
「オオタにしては、かなり上等な品物だ」
統治ルールが無ければ、生きていくことすら難しい。
生存に不可欠な水ですら、この有様なのだ。
その現実を目の当たりにし、曜達はゼロの言葉が決して大げさではなかったのだと痛感する。
<園田不兆>
「えのきさんの言う通りです。
この茶とも言えないような液体が上等な飲み物と言われるくらいには、オオタシティはひどい状況なのですよ」
<黒中曜>
「ああ…環境という意味では、これまで訪れたどのシティよりもひどいな…」
<園田不兆>
「これでも色々手は尽くしているのです…
少しでもまともな街にして、住人にも穏やかな暮らしをしていただきたいのですが…」
<黒中曜>
「でも、シティそのものがこの状態じゃ、どうやってもそんなの…」
短時間ではあるが、道中で見てきたオオタシティの光景が脳裏をよぎる。
こんな場所で、人がまともに生きていけるとは曜には思えなかった。
<園田不兆>
「焼け石に水でしょうね。
オオタシティでは、真面目に働いたやつが馬鹿を見ることになってしまう…
なにせ働くよりも働いている人から盗んだ方がよっぽど楽に稼げてしまいますから。
ですが、その方達も本当は盗みなどやりたくないのです。
そもそも、ここでは、まともな働き口は皆無と言っても過言ではありません。
あのハッピーワーカーですら、ここから撤退しましたからね」
ハッピーワーカーとは、シンジュクシティでも耳にした、身分証明書無しで仕事を斡旋してくれる施設だ。
裏社会寄りの組織である彼らですら、オオタシティから手を引いた。
その事実だけでも、この街の危険さがうかがえた。
<園田不兆>
「これがオオタシティの現状です…。
悲しいことに生き残るためには、奪い合うしかないのです…」
<黒中曜>
「まるで同じだな、統治ルールがあるシティと」
<Q>
「皮肉なものだ…。
統治ルールのないオオタが、最もシンプルに統治ルールの本質を表しているとは…」
<園田不兆>
「しかし、正当な仕事で稼げる人間が増えれば、奪う人も当然減るはずです。
その一助になれば、と…オオタトライブのリーダーだった頃のコネを使って、やれる範囲でまともな仕事を割り振っているのです」
<千羽つる子>
「じゃあ、あなたの仰る頼みって…」
<園田不兆>
「はい、その仕事に関してのことです」
そういうと園田は姿勢を正し、一同の瞳をまっすぐ見つめる。
淀んだ瞳でありながら、その視線からは決意めいた何かを曜は感じていた。
<園田不兆>
「先ほども申し上げた通り、オオタシティでは働いてる人が馬鹿を見てしまう。
その状況を少しでも良くしようと、"あるもの"を作る仕事を、とある会社から受注して、住人を雇用しているのです」
<轟英二>
「何だ…。その"あるもの"とは。もったいぶらずに言ってみろ」
<園田不兆>
「申し訳ありませんが、NDAを結んでいるため、それは言えません…」
<千住百一太郎>
「なんだ? その、えぬでぃーえーってやつは?」
<轟英二>
「ふん、バカはNDAすらも知らないのか。
NDAとは、"秘密保持契約"の略称で、簡単に説明すれば、仕事上で知り得た情報を勝手に第三者へ教えてはいけないというものだ」
<三田三太郎>
「どうせ、それは言い訳でロクでもねえもん作ってんだろ?」
<園田不兆>
「…いいえ。私は、クリーンなオオタを目指しているんです!!!
犯罪に繋がるようなものを住人に作らせるわけがありません!!!」
<千羽つる子>
「噂に聞く園田不兆がここまで言い切るとは…。
本当に法に触れないものを作ってらっしゃるのでしょうか…」
<青山カズキ>
「まっ、一旦最後まで聞こうじゃないか。
僕的には、曜くん達に付き合って"聞くだけ"だから、ぶっちゃけ内容に興味もないけどね」
<園田不兆>
「それで…ここからが皆さんにお願いしたい内容なのですが…
"仕事あるところに盗賊あり"というオオタのことわざにもあるように、たびたび工場や材料を保管している倉庫に対して強盗が襲撃をしかけてくるのです。
工場のほうは何とか守れてますが、倉庫のほうまではなかなか手が回らず…。
今は、まだ私が自腹を切れば問題ない程度の被害ですが、これ以上の被害は取引先に賠償金を払わなければいけなくなります。
そうなれば工員の方の給料も出せなくなってしまう。それだけは避けたいのです。
虫のいい話とは自覚しています。ですが私なりに、オオタシティをなんとか良くしたいと思っているのです。
皆様のお力を貸してはいただけないでしょうか」
園田はそう言い切ると、一同へ深々と頭を下げた。
確かに、話を信じるなら、園田を助けることはオオタシティ全体を救うことにも繋がるのだろう。
もちろん、強盗を撃退した程度で、この街の問題がすべて解決するはずもない。
それでも、状況を好転させる一助にはなるはずだった。
だが、曜達にも、24トライブがこの街で何を企んでいるのかを調査しなければならない目的がある。
軽々しく引き受けるわけにはいかなかった。
<黒中曜>
「ひとつ聞きたい。その強盗は24トライブが関係しているのか?」
<園田不兆>
「いいえ…お恥ずかしいことに、その強盗の正体は、犯罪で生計を立てているオオタの人間です。
オオタは統治ルールすら存在しない無法地帯ですので、24トライブの人間も、最近はよく見かけますが…基本的には駐在していません」
その言葉を聞いて曜は決意した。
この話を今引き受けている余裕は無い、と。
まして園田という人間が過去に行ったことを考えれば、これまでのやり取りがすべて演技で、本当は罠にハメようとしている可能性もある。
時間を無駄にしたくない曜達にとって、この依頼を受けることはあまりにもリスクが高すぎた。
<青山カズキ>
「曜くん、わかってるよね?
今の僕達には時間が無い」
<黒中曜>
「わかってる。
もし24トライブと関係してたら、無駄足じゃないかもしれないって考えたけど、無関係なら仕方ない。
…悪いけどこの依頼は――」
ハッキリと断ろうとしたその時、窓の外から人の気配と視線を感じた。
そちらに目をやると、薄汚れた格好の子ども達が数人、不思議そうな目でこちらをうかがっていた。
<園田不兆>
「おっと、来ましたか。失礼、少し外しますね」
園田はそう言って扉を開くと、子ども達は何も言わず、静かにアジトの中へと入ってくる。
まともな食事にありつけていないのだろう。
全員がひどくやせ細っており、その足取りは今にも崩れ落ちそうなほど頼りなかった。
<園田不兆>
「暑かったでしょう。少し涼んでいきなさい」
<子どもA>
「………………」
子ども達は、園田に対しては警戒心を持っていないようだが、曜達に対しては明らかに警戒していた。
<園田不兆>
「ここで待っていてくださいね。いつもの物を持ってきますから。
あと、お客さんに失礼のないようにしてください」
そう話すと園田は奥の部屋へと何かを取りに行った。
残された子ども達はこちらを見ながら、何やらヒソヒソと話している。
しかし、距離を取られている曜達には、その内容までは聞き取れなかった。
<十条ミウ>
「ねえ、あなた達いつもここに来ているの?」
<子どもA>
「………………」
<子どもB>
「………………」
子ども達はミウの問いかけに答えず、ただ曜達をじっと見つめている。
そうこうしているうちに、園田が奥の部屋からいくつかの袋を抱えて戻ってきた。
開いた袋の口からは、缶詰や飲料といった食糧が覗いている。
<園田不兆>
「今週分は、これで全部です。
また来週までに集めておきますから、それでなんとか食いつないでくださいね」
<子どもB>
「…!」
子ども達は園田の手からひったくるように袋を奪い取ると、何も言わずにそそくさとアジトを出ていった。
<園田不兆>
「ふう、行きましたか。
失礼しました。話に戻りましょう」
<Q>
「…今の子ども達は?」
<園田不兆>
「見ての通り、この辺に住んでいる子ども達です。
大人ですら、明日食べるものにも困る街ですからね…。子どもだけで生きていくのは、どうしても難しい。
…だからせめて、私はオオタ中のああいう子ども達を助けたい。
そう思って、気休めでしかありませんが、ああやって食料を渡しているのです…」
<青山カズキ>
「子どもを助けたい? あの園田不兆から出る言葉とは思えないね」
<園田不兆>
「昔の私ならありえないでしょうが…お願いです…。
依頼の件、お引き受けいただけますか…私ではなく、先ほどの子ども達を助けると思って、どうか…」
――子ども達を助ける。
その言葉を聞き、曜はタイトウシティで出会った子ども達のことを思い出した。
彼らもまた、先ほどの子ども達と同じように腹を空かせていた。
その姿があまりに不憫で、曜達は自分達の食料を分け与えたのだ。
境遇だけを見れば、彼らと先ほどの子ども達は同じだ。
違うのは、子ども達の周囲にいる人間を信用できるかどうか。
だが、どんな事情があれ、同じ境遇の子どもの一方を助け、もう一方を見捨てるような真似は、曜にはどうしてもできなかった。
<黒中曜>
「…わかった、引き受けよう」
<青山カズキ>
「曜くん…?」
<黒中曜>
「ごめん…気が変わった。
園田やオオタシティのためってだけなら引き受けてなかったかもしれない。
だけど、子ども達があんな状態になってるのを見せられたら、断れない」
<彩葉ツキ>
「わかるよ…タイトウの子は助けて、オオタの子は助けないってできないもんね…」
<小日向小石>
「うん…僕も同意見だな…」
<青山カズキ>
「わかってるのかい? さっきも言ったけど僕達には時間が無い。
それに、園田の行動が全部演技の可能性だってある」
<三田三太郎>
「そうだぜ! お前らは、前の園田を知らねーからそう言えんだよ!」
<黒中曜>
「わかってる。
けど、演技じゃなく、反省して本当に善人になった可能性だって否定できないはずだ」
<タイガ>
「それはそうだけどよ…」
<黒中曜>
「少なくとも俺は、あの子ども達を見捨てることはできない。
それに直接24トライブが関わっていなくても、何かしらの手がかりに繋がるかもしれない。
動くきっかけとしては悪くないんじゃないか?」
<千羽つる子>
「ええ、そうですよね!
曜さんの仰るとおりです!」
<十条ミウ>
「どうする? ミナトのメンバー以外は、園田の依頼を受けることに賛成みたいだけど」
カズキが周囲を見回すと、ミウの言う通り、ミナトトライブのメンバー以外は、園田の依頼を受ける気満々といった表情をしていた。
それを見たカズキは、『もう止まらないな』と言いたげに大きなため息を吐く。
<青山カズキ>
「はあ…ミスったなあ。
わかったよ。園田、その依頼引き受けてやろうじゃないか」
<園田不兆>
「え、本当ですか!?」
<Q>
「おい、カズキ…」
<三田三太郎>
「マジで言ってんのか!?」
<青山カズキ>
「さっきも言っただろう? ここでは、別れて行動するのはあまりに危険だ。
そして、曜くん達は、僕達がどう拒否しても、この依頼を受けるつもりだ。
だったら一緒に行動して、さっさと依頼を終わらせる方が効率的だ」
<タイガ>
「はあ…殺されかけた本人がそういうなら、いいんだけどよ…」
<園田不兆>
「皆さん、ありがとうございます…!
なんと感謝して良いのかわかりません…!」
<三田三太郎>
「もうこうなったら、しゃあねぇ…。
その倉庫っていうところに、早く案内しろよ」
<園田不兆>
「いやぁ…もちろん私も同行したいのは山々なんですが、大事な商談が入っていまして…
申し訳ありませんが、皆さんだけで向かっていただいてもよろしいでしょうか?
倉庫には、警備の人間を配置していますので、彼らと協力していただけると…」
両手の人差し指をちょんちょんと突き合わせながら、申し訳なさそうに言う園田。
自分から依頼してきたにもかかわらず、同行できないという園田に、一部のメンバーは怒りを隠せない。
<轟英二>
「ふざけるな! 人に依頼をしておいて、自分は商談だとぉ!?
なげやりにしても酷すぎる!」
<園田不兆>
「そうは言いましても…これも、住人のためなんです…
どうか、お願いいたします…」
園田は、倉庫の場所が記されたボロボロの地図を曜に手渡すと、その場で正座し、額を床を擦りつけるようにして深々と頭を下げた。
その必死すぎる姿に、曜達は思わず顔を見合わせる。
<小日向小石>
「大事な商談があるなら、仕方ないね…」
<黒中曜>
「ああ…倉庫は、俺達に任せて、園田は商談をがんばってきてくれ…」
<園田不兆>
「ありがとうございます…ありがとうございます…」
曜達から承諾を受けると、園田はさらに強く額を床へ擦りつけた。
声はかすかに震えており、曜は、自分達が依頼を引き受けたことを、彼が泣くほど喜んでいるのではないかと思った。