17話「寝返り」
次の日――
オオタシティの空は、昨日と変わらずスモッグに覆われ、薄暗いままだった。
西郷曰く、自分が物心ついた頃には、すでにオオタシティは砂漠地帯を除き、スモッグに覆われていたという。
<小日向小石>
「ねえ、羽田さん…。
もう少し大人しく寝ていたほうが…」
<千羽つる子>
「そうですよ…XBなら、私達でメンバーも足りてますから…」
<羽田清死郎>
「うるせえ! 園田にやられっぱなしで退けるかよ!」
現在、一同は園田とのXBに向け、えのきと西郷の案内で目的地へ向かっていた。
清死郎は、小石とつる子の懸命な治療のおかげで意識を取り戻し、こうして動けるまでには回復している。
だが、頭を強く打っていたこともあり、小石達は本心ではまだ安静にしていてほしいようだった。
<大門愛海>
「でも、よかったよー。清死郎くんが元気になって」
<有栖川さおり>
「ホント、昨日死にかけたとは思えないくらい元気ね…」
<西郷ロク>
「ああでなければ、オオタでは生きられん」
<三田三太郎>
「お前…オオタって言えば何でも解決だと思ってね?」
<西郷ロク>
「すべての道はオオタに通ず。そういうことだ」
<千住百一太郎>
「まじ意味わかんねぇ…」
しばらく歩き、バラック集落に到着したのは昼過ぎだった。
粗末な小屋が隙間なく並び、通路には人々が溢れている。
決して豊かには見えない。
それでも、この場所にはこれまでの地域にはなかった熱気と活気があった。
<黒中曜>
「今までの場所と違うな」
<彩葉ツキ>
「うん。一番生活感があるね」
人の出入りもそれなりにあり、ゴザを広げて商売をしている者も少なくない。
子どもの姿もあり、ボロボロのボールを裸足で蹴って遊んでいる。
ここに来て曜は、オオタシティの本質を見た気がした。
決して楽な暮らしではないが、彼らなりの幸せを享受している。
そのたくましさが、えのきや西郷のような人物を育てたのだろう。
しかし――
"カンカン、カンカン!!!"
急にフライパンを叩いたような音が聞こえる。
音のする方向を見ると、小屋の上にいる見張りが鳴らしているようだった。
<小屋の上にいる見張り>
「逃げろ、逃げろ…! アイツが来た…!」
<商売人A>
「やばい…! アイツに目をつけられたら終わり…!」
<商売人B>
「商品はそのままにしとけ…! 逃げるのが先…!」
集落にいた人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
<千羽つる子>
「な、なんですか…人々が急に…」
<旭川カイ>
「ヒャハハハハ! 来たようだな!」
そして、人々と入れ替わるように、大型の軍用トラックが猛スピードでバラック内へ突っ込んできた。
乱暴に停車したトラックの助手席から、園田がゆっくりと姿を現した。
<園田不兆>
「どーもー、約束通り来てくれたんだな。嬉しいねえ」
<彩葉ツキ>
「あったり前でしょ!
こっちは、オオタの人々を人質に取られてるようなもんなんだよ!」
<Q>
「それより、彼らは?」
<トラックから降りてきた男>
「………………」
園田に続き、荷台から次々と現れた男達へQの視線が向いた。
彼らは、とてもガタイがよく、服の上からでも鍛え抜かれた肉体が見て取れた。
<園田不兆>
「ああ、こいつらはオレの自慢のチームメイト。
お金という強い絆で結ばれた大事な仲間ってやつだ。名前は知らねーけどなー」
<西郷ロク>
「見たところ、オオタの住人ではないようだが…」
西郷の指摘はもっともだった。
荒廃したオオタシティでは食料の確保すら困難で、余程のことがない限り、人々は皆やせ細っている。
それなのに、彼らは違った。
全員がしっかりとした体格をしており、その動きにも乱れがない。
<園田不兆>
「おいおい…なに可哀想なこと言うんだよ…。
こいつらは、間違いなく生まれも育ちもオオタだぜ?
XBやるために、鍛え直してやったんだ~」
<トラックから降りてきた男>
「………………」
見れば、園田のチームメイト達は、菓子感覚で錠剤を噛み砕いていた。
<旭川カイ>
「ひゃー!!! 園田のやつ、鬼畜ぅ!!!
そいつらが食ってんの、"筋肉モリモリパワーX"じゃん!!!」
<小日向小石>
「え!?
それって、ずいぶん昔に禁止されたやつだよね…!?」
<轟英二>
「なんだ? そのヘンテコな名前は?」
<小日向小石>
「短期間で筋力を異常強化するドーピング剤だよ…!
強い依存性があって、最悪の場合は心停止を引き起こす…!
とても危険な薬なんだ…!」
<雪谷えのき>
「え! じゃあ、西郷もその薬飲んでんの?」
<西郷ロク>
「オレのは自前だ…」
<十条ミウ>
「本当に虫唾が走るわ…。
XBのためだけに、人を薬漬けにするなんて…」
XBをするためだけに、人々を薬漬けにした。
その事実に、ミウを始めとした多くのメンバー達が、怒りのこもった視線を園田へ向ける。
だが、当の園田はそんなこと意にも介していない。
むしろ、興奮を抑えきれない様子ですらあった。
<園田不兆>
「はあ…はあ…。
これで、ようやくXBが出来るんだな…」
<青山カズキ>
「以前、僕らと勝負したときは、XBには一切興味がなさそうに見えたけど…
どういう風の吹き回しだい?」
<園田不兆>
「ああ、あん時は悪かったよ。
XBがこんなに素晴らしいものだと思ってもなかったんだ。
いいよな、XB…とくにこのギアとかさ…!」
その言葉を合図に、トラックの荷台が開く。
その中には大小様々な種類のギアが所狭しとならんでいた。
ビームバットや、グラブ、スパイク、中にはパワードスーツと思われるような品まで存在している。
<彩葉ツキ>
「嘘! あんなに!?」
<大門愛海>
「あのパワードスーツって、シナガワトライブのかな?」
<園田不兆>
「おいおい、そんな弱小三流のギアと一緒にしてもらっちゃ困るな。
何せこっちは天下のトゥーキョー社製。
品質、価格、性能、どれをとっても超一流。ついでに2年保証までついてやがる」
<轟英二>
「うらやまけしからん…!
金の力だけでは、あそこまで集めきれんぞ…!」
<青山カズキ>
「でも、それだけではわからないな…。
XBの何が今のお前をそこまで引き付けるんだ?」
<園田不兆>
「見てみろ。
ビームバットもスパイクも、ついでにパワードスーツも、どれもこれも人をぶっ殺すのにちょうどいい!
けど、それを使ってやるのが、よりにもよって球遊び! 最高にカオスだろ?」
<有栖川さおり>
「ふざけんないで! XBギアはXBをやるための物よ!
人を傷つけるために使うなんて、絶対に――」
<園田不兆>
「おいおい、そんなこと言っちゃ可哀そうだろ。
なあ、黒中曜クン?」
<黒中曜>
「………………」
そう言って、園田は曜へ微笑みかける。
気遣うようにも見えるその笑顔は、曜を救うためのものではない。
曜の"罪"を、この場で暴き立てるためのものだった。
<大門愛海>
「えっと…曜くんと何か関係あるの…?」
<園田不兆>
「あるある、めちゃくちゃあるって。
聞いちゃ噂じゃ、タイトウシティで黒中曜クンがその"ビームバット"で人を殺したらしいじゃん」
<旭川カイ>
「えー、マジかよぉ!?」
<有栖川さおり>
「そ、その話って、ホントなの…?」
<大門愛海>
「う、嘘だよね…? ねえ、嘘だって――」
衝撃の事実を聞かされ、有栖川と大門は愕然とした表情で曜達を見つめた。
<彩葉ツキ>
「え、えっと…」
ツキは、どう答えるべきか必死に言葉を探していた。
大切な幼馴染が人を殺してしまった"仕方のない理由"を、本人である曜の前でどう説明すればいいのかわからない。
それは、カズキ達も同じだった。
皆、大事な仲間を少しでも傷つけない言葉を探していた。
その空気から、ツキ達の気遣いを感じ取った曜は、静かに息を吸う。
そして、自ら口を開いた。
<黒中曜>
「…園田の話は、本当だ。
俺がこのビームバットで、ナンバーズ2の芥を殺した」
<有栖川さおり>
「あんた! 何してんのよ!?
XBプレーヤーの魂であるXBギアで…!」
曜の残酷な告白に、有栖川は今にも掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。
しかし――
<十条ミウ>
「あれは、仕方のないことだったの…。
曜が芥を殺さなければ、私達が死んでいた…」
<彩葉ツキ>
「お願い…! 曜を責めないで…!
曜も殺したくて、殺したんじゃないの…!」
<小日向小石>
「僕からもお願い…!」
それを遮るように、タイトウシティにいたメンバー達が一斉に曜の前へ出る。
その姿を見た瞬間、有栖川は理解した。
曜が悪意を持って人を殺したわけではないのだと。
<大門愛海>
「ねえ、さおりん…」
<有栖川さおり>
「ごめんなさい…考えればすぐにわかる話だったわね…」
<黒中曜>
「いや、いいんだ。
俺もXBギアは、人を傷つけるための道具だとは思っていない。
XBギアはXBをやるためのものだ。
だから、もう二度とあんな真似はしない」
<園田不兆>
「はあ…つまんねぇやつ…。
オマエは、話がわかると思ったんだけどなあ~」
園田はあからさまに落胆した様子で肩を竦める。
そして興味を失ったように、曜から清死郎と旭川へ視線を移した。
<園田不兆>
「なあ、成田ー。旭川ー」
<羽田清死郎>
「俺は成田じゃねぇ! 羽田清死郎だ!」
<園田不兆>
「あー、そうだったわ。清死郎だったわ。
で、トラッシュトライブの居心地はどうだ?」
<羽田清死郎>
「お前が俺から奪ったオオタトライブよりもよっぽどマシだ…」
<旭川カイ>
「とくに兄貴の作るメシがサイコー!!!」
<園田不兆>
「ほー、そりゃよかった。
でもなあ、心配なんだよ。オマエらが無給でこき使われてたらと思うとよ…」
<羽田清死郎>
「ああ? 何が言いてえんだテメーは?」
<園田不兆>
「ふたりともコッチに戻って来いよ。
オレ達、オオタトライブじゃ結構うまくやってただろ?」
<羽田清死郎>
「ああ? ふざけてんのか!?
俺は昨日お前に殺されかけてんだぞ!
大体な、もともとオオタトライブだって俺が――」
<園田不兆>
「もちろんタダでとは言わねえよ。ほら」
そういうと園田は懐から何かを取り出して、清死郎と旭川の足元に放り投げた。
薄いメモ帳のようなそれをふたりが拾い上げる。
<園田不兆>
「それ、オマエ達名義の通帳な。
もしこっちについてくれたら、引き落とせるように登録印とキャッシュカードもやるよ」
<旭川カイ>
「と、トーロクイン?」
<園田不兆>
「まあ、要はこっちにつけば、そこに書いてある額の金が丸々オマエ達のものってわけだ」
それを聞いて、ふたりは驚きながら通帳を開く。
<旭川カイ>
「いち、じゅう、ひゃく、せん――」
口で数え上げたのはそこまでだったが、その後もふたりは何度か指を折りながら数え続けていた。
やがて数え終えたふたりは顔を見合わせ、小さくうなずく。
そして、通帳を懐へしまい込むと、園田のもとへ歩み出した。
<大門愛海>
「ちょっ!? ウソでしょ!?」
どうやら、ふたりとも園田につくことを決めたようだった。
動揺がトラッシュトライブのメンバーにも広がる。
<羽田清死郎>
「悪いな…。こっちも生きてくための金が必要なんだ。
姉御達とは、ここまでだ」
<旭川カイ>
「こんだけ金があれば、もーーーっとウマいもんが食える!
俺はウマいもん食わせてくれるやつにつくぜ!」
常にハイテンションで何を考えているかわからない旭川はともかく、昨夜園田にひどく痛めつけられた清死郎まで裏切ることはさすがに予想外だった。
一体どれほどの額を提示されたらそうなるのか、曜には想像もつかなかった。
<三田三太郎>
「ふざけんな! こんな土壇場で裏切るとか、どういうつもりだ!!」
<園田不兆>
「寝返りは土壇場で打つもんだろ?
ふたりを責めるより、自分達がコキ使ったことを反省するべきなんじゃねーか?」
<青山カズキ>
「至極単純な理由で味方になったんだ。至極単純な理由で寝返るのも当然だね」
<有栖川さおり>
「カズキ、あんたどっちの味方よ!」
<青山カズキ>
「もちろん有栖川さん達の味方だよ。今のは事実を言っただけさ」
<千羽つる子>
「轟さん…お金の力で、清死郎さん達を引き戻すことはできないでしょうか…?」
<轟英二>
「ふむ、交渉してみよう」
轟は清死郎と旭川を少し離れた場所へ呼び出し、交渉を始めた。
しかし、ふたりから通帳の額を見せられた瞬間、轟は驚愕の表情を浮かべる。
そして、そのまま慌てた様子で戻ってきた。
<轟英二>
「交渉は決裂だ…!
あんな額支払ったら、こっちの活動費がなくなってしまう!」
<Q>
「轟がそこまで言うとは、よっぽどだな…」
<千住百一太郎>
「ど、どれくらいの大金をもらったんだよ…」
<有栖川さおり>
「はあ、しょうがない…!
清死郎、旭川…! 仲間だったから手心が加えられるなんて思わないことね!
容赦しないんだから!」
<羽田清死郎>
「…わかってる」
<旭川カイ>
「トーゼンだ! こっちも好きにやらせてもらうぜ!」
清死郎は何か思うところがあったのだろう。彼にしては言葉数の少ない返答だった。
<園田不兆>
「じゃ、話はまとまったってことでいいな?」
園田は曜に向かってXBボールを投げ渡す。
<黒中曜>
「なんで、お前がボールを…」
<園田不兆>
「あのブッサイクなぬいぐるみを倒したところに転がってたんだよ。
これでXBができんだろ? 早く始めようぜ」