6章「混沌は、もう捨てておいてください。」
オオタシティ
※「???」は登場キャラのネタバレが含まれますのでご注意ください
1話「陶酔感」
芥との戦いが終わって、すでに一週間――
絶対的王者である芥塵の敗死という話は、タイトウシティ全域に大きな衝撃をもたらした。
芥の死に伴い、これまでの統治ルールは廃止され、食料もタイトウシティ全域に行き渡り始めている。
そのおかげだろう。つい先日まで食うにも困っていた子ども達が、笑顔で食事をとっている。
中にはお腹を満たしたことで眠くなったのか、母親と思しき女性の膝で眠る子どもの姿もある。
遊郭の窓からその様子を眺めていた曜は、芥との戦いに勝利した実感を得ていた。
<黒中曜>
「…これでよかったんだよな」
芥との戦いの後、負傷と疲労から動けずにいた曜達は遊郭で傷を癒していた。
体は回復したが、心はどうにも落ち着かない。
<黒中曜>
「あれは、正当防衛だった…やらなきゃやられてた…」
曜は独り言をこぼす。
事実、芥を殺さなければ、曜自身か、あるいは仲間の誰かが命を落としていただろう。
しかし、それだけではなかった――
<黒中曜>
「………………」
自らの愛するXBの道具で人を殺めた事実に、曜は戸惑いながらも、どこか"正義を果たした"かのような陶酔感に浸っていた。
しかし、この感情は決して表に出してはならない禁忌だと、理性で抑えようとしている。
無理やり笑みを抑え込み、肩を落として落胆を演じている最中、ドタドタと無遠慮な足音が背後から近づいてきた。
<彩葉ツキ>
「あ、曜! もう起きて平気なの?」
<黒中曜>
「…ああ、もう大丈夫だ」
<彩葉ツキ>
「ホントに大丈夫? 無理とかしてない?」
自分を案じるツキの視線に気づくと、曜は即座に"どう振る舞うべきか"を計算した。
過剰な演技で疑念を抱かせぬよう、絶妙な塩梅の微笑を口元に浮かべる。
<黒中曜>
「このとおり、平気だって! それより何か用があったんじゃないのか?」
<彩葉ツキ>
「あ、そうだった! ヒカルさん達から報告があるから宴会場に集まってって、カズキさんが。
なんか大事な話みたいだから、全員集まってから話すって」
宴会場には、既に曜とツキ以外の面々がそろっていた。
<桜花札>
「おう、やっと来たか。寝坊助め」
<十条ミウ>
「つらかったら、まだ寝てていいのよ? あんなことがあった直後だし…」
<黒中曜>
「俺自身は大した怪我もしてないんだ。いつまでも寝てはいられない」
<十条ミウ>
「そうじゃなくて――」
心配げに言葉を継ごうとするミウを遮り、カズキのスマホが鋭く鳴り響く。
通信にカズキが応じると、空中にホログラムが展開され、そこにはヒカル、日和、夜宵が映し出された。
<四谷ヒカル>
「やあ。みんな、揃ってるね。
久しぶり…ってほどでもないかな。そちらは大変だったみたいだね」
<千住百一太郎>
「まあな。けどタイトウの統治ルールも撤廃できたし、結果オーライだぜ!」
<三田三太郎>
「ああ! それに、こうやってタイガが生きていることも判明したしな!」
<タイガ>
「オレは、ミナトトライブのタイガ!
そして、こっちがやっさんとオレの師匠の桜花札! それに、アサガオだ!
オレ達もトラッシュに協力するから、よろしく頼むぜ!」
三田の発言を受けて、タイガは立ち上がってホログラムに映るヒカル達に挨拶をする。
タイガ達がトラッシュトライブに協力することは、すでにNINEで全メンバーに共有されていた。
頼もしい仲間が増えたことに、曜達は安堵から自然と笑みをこぼす。
そんな中、花札は日和と夜宵のふたりへ、熱烈な眼差しを注いでいた。
<桜花札>
「ほう…これはこれは…。
写真で見るより、べっぴんさんだなあ。
どうだい? ゼロを倒した暁には、オレとデートでもしないかい?」
同性である曜の目から見ても、花札は文句なしの色男だった。
日和と夜宵の二人も、彼を前にすればすぐに顔を赤らめるだろう――そう踏んでいた曜だったが、彼女達はさすがはシンジュクシティのキャバ嬢。
<落愛夜宵>
「金が出ない労働、無理…」
<落愛日和>
「夜宵の言う通りね。
私達とアフターしたいなら、シャンパンタワーくらいしてくれなきゃ」
日々男達を相手にしているだけあって、彼女達の対応は実にドライだ。
色男の誘いも手慣れたものと言わんばかりに、あっさりとあしらってのけた。
<桜花札>
「これは手厳しいねぇ…。
だが、攻略のしがいがあるってもんよ」
<上野弥次郎兵衛>
「ハナ…それくらいにしておきなさい。
今は、大事な話があるといって我々は呼ばれたのですよ?」
<桜花札>
「おっと、すまねぇ。美女を見ると、勝手に口が動いてな」
<青山カズキ>
「ヒカルくん。モンキー2号が妹さん達に迷惑かけてごめんね。
そろそろ本題に入ってもらってもいいかな?」
<四谷ヒカル>
「うん…でも、その前に曜くんに言いたいことがあって…」
<黒中曜>
「え…? 俺…?」
<四谷ヒカル>
「芥を殺したって聞いたよ…本当ならこんなこと言うべきじゃないかもしれない。
でも…ありがとう。るーちゃんの仇を取ってくれて」
<黒中曜>
「ヒカルさん…」
画面越しにもヒカルの手がわずかに震えていたのを、はっきり確認できる。
芥によって最愛の人を奪われた怒りを思い出し、ぐっと抑えているのだろう。
己の行いを肯定された。ヒカルの言葉をそう受け取った曜は、心の底から湧き上がるような喜びを覚える。
だが――
<四谷ヒカル>
「ただ…この感情はよくないものだって、ボク自身わかってる…。
だって、人を殺すだなんて、どんなことがあっても許されるべきじゃないからね…」
<黒中曜>
「………………」
ひと通り言葉を尽くしたヒカルは、憑き物が落ちたようにいつもの快活な笑みを浮かべた。
日和と夜宵はその機を逃さず、場の空気を切り替えるように話を進行させる。
<落愛夜宵>
「私達は、ゼロに関する情報収集をしてる…。
今日は、その報告会…」
<落愛日和>
「といっても、報告はゼロに関することというより24トライブ構成員に関してよ。
ゼロの動きを調査しているうちに、彼らに妙な動きがあることがわかったの」
<小日向小石>
「妙な動き?」
<落愛夜宵>
「ここ数日…全シティの構成員達が、急に大移動を始めた…」
<四谷ヒカル>
「それが気になって、彼らの行き先を調べてみたんだけど、意外なところに向かっていてね…」
画面が切り替わり、地図が映し出された。
各シティから構成員達が移動している方向に線が伸び、やがてそれは南側にあるひとつの場所に収束する。
<西郷ロク>
「…なるほど」
<滝野川ジオウ>
「これは…」
<雪谷えのき>
「んー? どこコレ?」
<轟英二>
「どうみてもオオタだろう! 自分がいたシティの場所も忘れたのか!?」
<雪谷えのき>
「あー、そういえばこのへんだったかも?」
<青山カズキ>
「オオタか…確かに面倒な場所だね…」
<桜花札>
「となりゃあ、ゼロの野郎がオオタシティで何かを企んでるって可能性は高ぇだろうな。
もしかしたら、例の蘇生に関することって線もあんじゃねえか?」
<十条ミウ>
「………」
――蘇生。
その言葉から想起されるのは、芥とのXB終了後にゼロが言い放ったあの台詞だ。
『いや違うから、あんなめんどくさい人、いちいち復活させないし』
仮にあの言葉が本心であったとするならば、芥の蘇生はゼロの想定外の事態だったと言わざるを得ない。
<タイガ>
「なんにせよ、ここでウダウダ考えてたってしょうがねえだろ。
行くんならさっさと行っちまおうぜ。なあ、師匠!」
<桜花札>
「たりめーだ。タイトウを引っ掻き回してくれたお礼参りもしなくちゃならねえしな」
<上野弥次郎兵衛>
「オオタは何かと物騒なところと聞きます。頭数はいたほうがいいでしょうね」
<タイガ>
「よっしゃ! そうと決まったら――」
<アサガオ>
「待って、その前にひとつ確認をさせておくれ」
そういうとアサガオは並んで座る花札と上野の間に立ち、ふたりの脇を軽くつついた。
<桜花札&上野弥次郎兵衛>
「――ッ」
<タイガ>
「ん、どうしたんだよ。早く行こうぜ」
脇を軽くつつかれただけにもかかわらず、花札と上野は顔面を蒼白にし、脂汗を浮かび上がらせ、全身を小刻みに震わせていた。
<黒中曜>
「ど、どうした…大丈夫か…?」
<桜花札>
「ぜ、全然問題ねえが…?」
<上野弥次郎兵衛>
「あ、アサガオも人が悪いですね…。
急に、ひ…人をつついたら、お…驚くでしょう…」
見るからに激痛に耐えている様子だったが、その場で突っ伏さないのは彼らのプライドがそうさせているのだろう。
<アサガオ>
「まあ、こういうことだから、このふたりはまだ療養が必要ってことで」
<轟英二>
「おい、小日向…。
コイツらの身に何があったんだ?」
<小日向小石>
「黙っててって言われてたから、黙ってたんだけど…
ふたりとも…僕達が来る前からかなり無理してたみたいで…」
<アサガオ>
「まあ、あのくたばれ祭りを長いこと戦い抜いていたわけだからねえ…。
カッコつけたところでガタがきてて当たり前ってワケさ」
<小日向小石>
「そもそも、僕達と合流した時点でも普通なら動けなくてもおかしくないレベルだったんだよ…。
そこに来て、さらに芥との全面闘争でしょ…。普通の人なら、とっくに死んでたよ…」
<黒中曜>
「そう…だったのか。花札さん、上野さん…ごめん、俺達のせいで…」
<アサガオ>
「あんた達が謝ることじゃないよ。
こいつらが勝手に無茶したってだけの話さ」
<桜花札>
「勝手に話を進めんな。オレ達は――」
花札が言葉を紡ぎきる前に、アサガオの刀の柄がふたりの脇腹を何度も何度もテンポよく襲う。
<桜花札>
「ぐおっ!」
<上野弥次郎兵衛>
「がはっ!」
先ほどまではなんとか倒れずにいたふたりだったが、今度こそ限界が訪れたのか、その場に倒れこんでしまった。
<タイガ>
「し、師匠!!」
<青山カズキ>
「その状態でついてこられても足手まといだね。
こっちとしても自分の身を自分で守れない人間を連れていく余裕はないし…」
<Q>
「今後の戦いのためにも、今は傷を癒すほうが先決だな」
<千住百一太郎>
「そーだ、そーだ! 大人しく寝てろー!」
<桜花札>
「く、クソ…」
<上野弥次郎兵衛>
「面目ない…」
アサガオは深い溜息を吐き、庭に視線をやった。
<アサガオ>
「こいつらをタイトウに残してほしい理由はそれだけじゃないんだよ。
庭を見てみな。監視カメラがそこら中についてるのが、見えないかい?」
アサガオが指をさす場所をよく見ると、隠されたように監視カメラが置いてある。
それもひとつやふたつじゃない。一瞬の死角も許されないように、無数の監視カメラが置かれていた。
<黒中曜>
「なんだ…あんなにたくさん…」
<アサガオ>
「前からあったはあったんだけど、気づいたら、こんなに増えててねぇ…。
防犯意識が高まってる…っていうなら問題ないんだけど、誰が設置したかもわからないんだよ」
<彩葉ツキ>
「え…それってすごく怖くない…?」
<十条ミウ>
「私もジオウも、気づいたものは取り外してるんだけど、すぐに戻ってて…」
<アサガオ>
「だから、さすがのあたしもおっかなくてねぇ。
こんなにぼろぼろでも、役には立つから、ハナとヤジを置いていってくれないかい?」
たとえ今は地に伏していても、女子どものためなら、彼らは必ずや再び立ち上がる――
アサガオの言葉には、ふたりに対する揺るぎない信頼が宿っていた。
それを聞いたタイガの瞳に、確かな決意の光が灯る。
彼は倒れ伏すふたりのもとへ歩み寄り、その傍らで膝をついた。
<タイガ>
「師匠」
<桜花札>
「んだよ…笑いたいなら笑いやがれ…」
<タイガ>
「オオタのことはオレに任せてくれ!
師匠達の分も、暴れてくるぜ!」
花札は一瞬、驚いた表情を見せるが、すぐにその口元は不敵な笑みへと変わる。
<桜花札>
「へっ…いっちょ前に言うじゃねえか」
<上野弥次郎兵衛>
「若者の成長はまぶしいもんですねえ」
<千羽つる子>
「好々爺ぶるには、まだお若いですよ…」
<桜花札>
「しっかり気張れよ、タイガ。
オメーの肩に仲間の命が乗っかってること、忘れんじゃねえぞ」
<タイガ>
「おう、任せとけ!」
<四谷ヒカル>
「いいなあ、少年漫画みたいだ」
タイガ達の熱いやり取りを目の当たりにして、ヒカルはどこか羨望を込めてポツリと独り言を漏らす。
その光景を眺める曜の瞳にもまた、彼らへの羨ましさが静かに滲んでいた。